「前編:研修部での活用事例 ― OJTのあり方を革新」では、大日本印刷株式会社(以下DNP)研修部の岩波さんが、パターン・ランゲージを新人研修で活用する取り組みの初年度、2年目までを紹介しました。井庭と一緒に取り組んだ1年目、自分たちだけでやってみた2年目。ここまでは井庭の手法を元に進めながら、企業に導入する価値を確認してきた期間です。
 さて、翌年からは岩波さんオリジナルのアレンジが花を咲かせます。パターン・ランゲージ企業実装のパイオニアである岩波さんの、企業人ならではの創意工夫をご紹介していきます。

パターン・ランゲージは学びとコミュニケーションの中核

 初年度の2012年、翌2013年と、2年間の研修を通して、パターン・ランゲージを「つくる、使う」ことは「絶対いける!」という確信ができました。社内において、先輩後輩を学びとコミュニケーションでつなぐ中核になると感じています。特に、「つくる」という点では、パターンのクオリティを高めるプロセスが重要だと思っています。せっかく作成しても、ピン!と来るものでなければ使われず、意味がありません。できたもののクオリティチェックとしては、当事者たちが相互に「ピンと来るか」を議論します。DNPはものづくりの会社ですので、自分たちがつくったものに自信を持って実際に使えなければ人には絶対に勧められない、と、つくっている新入社員には強調しましたね。とにかく、使えるものをつくらなければならないということで、相互にクオリティチェックをすることで、学びとコミュニケーションが創発していったと思います。

今までと全く違うアウトプットを…工夫を凝らした3年目の研修

 3年目の研修では、2年間の礎があるので、何か違うアウトプットにしたいと思いました。顧客との関係作り、社内での関係作り、と続いてきましたが、新入社員が分からないと言っている分野はほぼこの2つでカバーできていると感じたのです。新しいメンバーで同じテーマでつくって比べてみるという考えもありましたが、もっと抽象度の高いテーマを投げてみようと思い立ちました。新人研修の基本としては、挨拶やマナー等が挙げられると思いますが…。今後自分のキャリアを築いていく上で最も重要なのは、「他者からの期待に応える」ことだと思います。なので、期待に応えるパターンをつくる、という社会人としての基本の基本を掲げることにしました。

 テーマの抽象化という大きな変化から、パターン・ランゲージの作成プロセスも工夫をすることになりました。「他者からの期待に応える」経験は、誰にでもあるはずと考えて、他者を対象としたマイニング・インタビューをあえてしませんでした。その代わり、自分を見つめるという観点で、「セルフ・マイニング・インタビュー」なるものを企画しました。それを使ってグループごとに各々の体験談を掘り起こしていき、4グループ別々のテーマでパターン・ランゲージを作成しました。それぞれテーマやタイトルは違いますが、期待に応えるという観点では共通していて、非常に面白い結果になりました。

2014年の新人研修で作成した「期待に応える」4種類のパターン・ランゲージ

2014年の新人研修で作成した「期待に応える」4種類のパターン・ランゲージ


 このように形を変えながら、新人研修を続けられているのは、パターン・ランゲージが持つ価値あってこそです。それは、つくり方も使い方も、無数に創造できることです。私は、ある種その価値を研修の企画・実施によって実証しているのですが、どのやり方も、ひとつのものを高めたり、成長を促したりすることにつながっているという確信があります。

 3年間の新人研修を通じて、井庭先生が話していた「つくることによる学び」の効果を実感してきました。そうすると、新人研修以外にも応用できないか、を考え始めるわけです。ここからさらなるトライアルが始まることになります。

新人研修を超えて_組織構築、営業での活用を模索

 これまで、新入社員をターゲットにパターン・ランゲージを活用してきましたが、今度は新任上司(課長や部長)にも目を向けてみました。というのは、新しく課長などになった人のための研修です。上司になると、仕事における役割が変わるのです。こうした状況が想定されているハウツー本はたくさんあるので、読めば分かるのはたしかなのですが、やはり経験していないのは不安になるものです。そこで、新任上司に対して、先輩上司が「組織をうまくマネジメントする」ことに関する体験談を共有するという研修を考えました。2時間くらいのディスカッションをさせたのですが、ここでのポイントは、書き出させることです。その書き出し方のルールは、パターン・ランゲージのフレーム、「状況」「問題」「解決」でした。新人研修で行った、パターン・ランゲージをつくるプロセスの一部を切り取って、違う研修にリモデルして応用したということになります。書き出してみると、ひとつの話からでも、暗黙知は多様に捉えられるということがわかります。それらを見せ合い、ディスカッションをしていきました。

 また、営業にも活用を始めています。DNPは、顧客から依頼を受けて製品・サービスを提供する、受注産業にあたります。顧客の課題を解決していくソリューションカンパニーなので、営業における成功の基準は、当然のことながら顧客の課題が解決できたか、です。そして、それに対して金額としていくらで取引できたか、ですね。こうした成功例をまとめたものは、事例紹介としてどの企業でも行っていると思います。本来、担当者がどのようにプロセスを踏んでアプローチをして成功したのか、を伝えていくのがよい事例紹介なのですが、実際は順番が難しく、営業の場合は取引の規模や提供した製品・サービスの紹介にとどまることが多いのです。そんなこともあり、事例紹介を効果的に活用できた実績はあまり耳にしないわけです。

 そこで、営業における暗黙的なナレッジを表に出すとともに、成功談をストーリー仕立てにまとめていく必要があります。うまくいかない理由のひとつは、事例を知ることで、「自分のケースとは違う」と思ってしまいがちなことなんですよね。事例紹介のなかで、規模が違う、とか、エリアが違う、とか「違いを探す」ことに走ってしまうのです。ここで良くないのは、思い込みが生まれ、できない言い訳にしてしまうことです。この悪循環では、いくら事例紹介をしても意味がありません。そこで、「共通項を探す」という話の聴き方の転換を試みたいと思いました。そして、重要なのが、膨大な事例からシンプルに「状況」「問題」「解決」を書き出すパターン思考だと思ったのです。ですから、各部門にこの形式で事例を残すように、とお願いをし、このように分かりやすくなった事例をドキュメントとして蓄積しているのが今の状況です。良い話でも蓄積していかないと、自然に消えていきますから。これから、これらが元になってパターン・ランゲージになれば、非常に質が高くなると期待しています。

編み出した数々の活用法を語る岩波さん

編み出した数々の活用法を語る岩波さん

暗黙的な組織ナレッジをも記述できる可能性

 ここまでパターン・ランゲージを活用し続けて、今私が考えているのは、暗黙的な組織ナレッジを掘り出すことまで可能ではないか、ということです。いわゆる「暗黙知」ですが、私はどの企業も暗黙知の塊だと思っています。社員一人ひとりの中に埋没してしまっていると思うのです。そうした知を組織にとどめていき、誰もが使えるような形にしていくことが、非常に重要だと考えています。社員も出入りがあるので、その人がいなくなるとその仕事ができなくなる、という状態は企業にとって大きなマイナスです。こうした状態を防ぐこともそうですが、何より、組織ナレッジをパターンというシンプルで分かりやすい形式で継承していく、そして更新されていくことに非常に魅力を感じています。

 井庭先生がDNPに入れ込んでくれたパターン・ランゲージを、このようなマインドでさらなる可能性を模索し、応用を続けていくつもりです。研修部として、すでに目論みもありますよ。もはや教えたり指示したりするのではなく、パターン・ランゲージをベースに、「自分たちで解決策を見出し、実践していく」という研修の形を考えています。また、つくった言語が使われるようにすることも、意図的に目指していきたいです。

 私が皆さんにお伝えしたいのは、パターン・ランゲージをつくることは専門的な行為ではなくて、新入社員だって誰だってつくることができるということです。発見した問題を解決したいという気持ちさえあれば、自分たちで解決策をつくることができるはずです。また、ことばという使いやすいツールであることも魅力的です。言語として流通するということは、まさに品質を示しているので、クオリティを高めていくことにもつながりますね。研修以上に応用可能性があることは間違いないです。

 井庭研究室とDNPは目指す方向性が一緒だと考えているので、私も井庭先生と一緒にパターン・ランゲージの伝道師でありたいと思っています。ぜひ仲間を作って、よい世の中にしていきたいですね。

岩波さんが考えるパターン・ランゲージの魅力

岩波さんが考えるパターン・ランゲージの魅力

 パターン・ランゲージを社内に導入してから、毎年トライアルを重ね、工夫して活用に励んできたDNP研修部の岩波氏。研修の企画・実施プロセスそのものが、研修をする側・受ける側ともに創発的な学びの場になっています。研修やパターン・ランゲージをつくることに完成はなく、いつまでも更新されていく可能性が感じられます。まさに、「完成形のない魅力」を活用事例すべてで語っていただきました。

 誰だって気持ちさえあればパターン・ランゲージをつくることができる、という言葉が印象的でした。