【パターン・ランゲージ活用事例Vol.3】トヨタ自動車 未来プロジェクト室 「定性的なのに体系的で網羅感がある、顧客理解の新しい手法としてのパターン・ランゲージ」(前編)


第3弾では、トヨタ自動車(以下トヨタ)の未来プロジェクト室におけるパターン・ランゲージ活用事例を紹介します。トヨタのなかでも、将来に向けた新しい車や自動車に付随するサービスの検討を、実証的アプローチにより進めている未来プロジェクト室。定性的な顧客洞察を通じて商品やサービスの可能性を考えるなかで、新しい視点を得たいとパターン・ランゲージを採用されました。前編では、これまで多くの調査をされてきたトヨタ・未来プロジェクト室にとって、パターン・ランゲージが、どのような発見をもたらしたのかを紹介します。

なお、このインタビューでは、本プロジェクトに関連する以下の方々に語っていただきました。
・鈴木雅穂さま 未来プロジェクト室 現室長
・大塚友美さま 未来プロジェクト室 前室長
・吉田大さま 未来プロジェクト室 本プロジェクトの主担当

「クルマをつくる」その次のビジネスモデルを探る未来プロジェクト室

【鈴木さん(現室長)】
 未来プロジェクト室は、これからの自動車産業を取り巻く環境が大きく変わることを見据え、5年前に立ち上がった部署です。近年、スマートフォンの登場など、コミュニケーションの形や情報の扱い方が大きく変わり、人々の生活もビジネスのあり方も大きく変化してきています。直接的にクルマに関わる技術革新を見ても、自動運転の取り組み進展や3Dプリンターの普及など、様々な環境変化の芽があります。また、社会問題に目を投じると、高齢化や地方の過疎化など、多くの課題が出てきてもいます。
 こうした状況下、クルマのあり方やつくり方は、今後どんどん変わっていくのではないか?トヨタは今後も「クルマをつくって売る」という従来のビジネスモデルを続けるだけでいいのか?という問題意識から未来プロジェクト室は生まれました。中長期且つ生活者起点の目線で新しい企画に取り組み、将来に向けた新しいクルマ、モビリティなどのハードから、それらに関連するサービスといったソフトまでを対象として、企画提案・プロトタイピングを行い、未来に向けてのトヨタのあり方を探っています。


未来プロジェクト室について説明する鈴木室長

未来プロジェクト室について説明する鈴木室長


パターン・ランゲージと出会い、お客様の考え方や感情まで理解できるのではないかと感じた

【大塚さん(前室長)】
 今回はあるプロジェクトの商品やサービスを検討する定性調査(顧客洞察)において、今までにない新しい視点を得るためにパターン・ランゲージを取り入れました。 実は以前から、今までとは違う手法でアプローチしていかなければならないという危機感を持っていたのです。そんな時、他の企業の方に「いい手法があるんだよ」と誘われ、井庭先生の講演に参加し、パターン・ランゲージを知りました。お話を聞いて、「認識のメガネ」、「いきいきとした質」というキーワードが心にとまり、直感的に新しさを感じました。ぜひ使ってみたいと思いながらも、実務にどう応用するのか悩みましたが、あるとき顧客洞察の機会に使ってはどうかと思いました。
 従来の定性調査は、その場ではお客様のことをよく理解できるのですが、他の人に共有するためにまとめてしまうと、どうも当たり前のことになってしまいがちです。でも、パターン・ランゲージを通せば、ターゲットの行動だけでなく、その背景にある価値観の理解につながり、しかも、それを他者にうまく共有できるのではないかと思ったのです。

パターン・ランゲージをつくるプロセス自体が発見の連続。これまでのやり方が、いかに新しい発見を阻害していたかに気付かされた

【吉田さん(プロジェクトの主担当)】
 作成の過程では、様々な発見がありました。まず、対象者へのインタビューの際に、あえて実際の状況とは別の仮定をぶつけてみるというやり方。事実の裏に潜む背景・要因などは「なぜ?」という視点を持つことで明らかにしていくことができますが、その人の行動や考えの本質に迫る為のこのアプローチはとても新鮮でした。

【大塚さん】
 パターン・ランゲージをつくるとき、井庭先生のやり方では、KJ法を用いてインタビューや観察の結果をまとめていきます。その「クラスタリング」という作業は、今回7時間くらいかかりましたが、KJ法を本気でやったのは初めてだったので、本当に目から鱗でした。私たちビジネスマンは、曖昧さへの耐性が弱くて、現象を把握しようとするとき、どうしても効率的に整理しようとしてしまいがちです。自分たちの頭にある既存の軸で決めてしまったり、時間制限の中で落としどころを見つけてまとめてしまったり。今回、そのようなやり方がいかに新しい発見を阻害していたかを痛感しました。 
また、社員だけだと効率を重視してしまうだけではなく、似たような解釈をしてしまいがちですが、井庭先生と一緒にやったことで、別の視点からの刺激を受けることもでき、本質を突き詰めることができたとも思います。コラボレーション・パターンに「意味のある混沌」というパターンがありますが、まさにそんな感じですね。

【吉田さん】
 また、見つかったパターンを元に、最後に書き出したい「質」の全体像をとらえていくのですが、ここで、各パターンに強弱や上下の関係があるという捉え方も新しかったです。メンバーでディスカッションしながら概念を整理していくのですが、自分の中でも対象者の姿が自然と整理されていきました。プロセスの価値に共感していたので、時間がかかることは気にならず、とてもチャレンジングに感じられましたし、メンバーの中でも、これからできあがるパターン・ランゲージの世界観を共有し、これを使って新しいものを創っていくんだ、という思いが湧きあがってきました。
また、最後の段階では、トヨタ的フレームワーク、アプローチを上手く使うことができたんです。だから、これまでのトヨタと完全に相反する手法ということでもなく、今までのトヨタの力をより引き出してもらえたような印象です。全体を通して、徐々に本質に迫れていくことが、私には本当に楽しかったです。


パターン・ランゲージをつくるプロセスでの発見を語る吉田さん

パターン・ランゲージをつくるプロセスでの発見を語る吉田さん


定性的なのに、体系的で網羅感がある安心感

【吉田さん】
 今回は340ものパターンの種から、最終的に40のパターンを作成しましたが、お客様(商品・サービスの対象者)の「いきいきした状態」が凝縮されたものになっていますし、社内で活用する為のサポートツールも一緒に作成したので、絶対これは使えると思っています。

【大塚さん】
一つ一つは点のようで質的な情報なのに、網羅感があって、かつ体系的に整理されているというもので、自信と安心感がもてました。人を理解するには点でもよいかもしれませんが、ビジネスに応用していく時には「網羅感」が求められます。それはとても難しいことですが、これには確かな網羅感があります。
 ひとつひとつのパターンの力も感じました。実は私は、これまで身近にいながらも 母の行動の背景が分からないと感じることがあったのですが、パターンを通して、母の行動がどんな意味をもつものだったかが見えるようになったのです。まさに、パターンが「認識のメガネ」となることを自分自身でも感じることができました。


できあがったパターン・ランゲージの印象を語る大塚さん

できあがったパターン・ランゲージの印象を語る大塚さん


 短い期間ながらも、何度も時間を合わせながら濃密なつくり込みを行ったトヨタのパターン・ランゲージ・プロジェクト。つくるなかでの発見が多くあったと語っていただいたように、1回のミーティングのなかでもメンバーの皆さんの表情がどんどん変わっていき、楽しみながらつくっておられることが印象的でした。

後編では、パターン・ランゲージの今後の活用イメージ、パターン・ランゲージのそのものの魅力についてのインタビューを取り上げます。