「今日は何を新しく学ぶんだろうと、前がかりになっていたが、自分たちの中にある経験や想いと接続していく、地に足のついた研修だった」

ある大手企業の新任課長研修で、パターン・ランゲージを使った際に、参加者の一人が残した言葉です。

この日紹介された5つの事例は、業種も規模も、取り組んだ課題もそれぞれ違います。それでも、どの事例もこの言葉と同じ方向を向いていました。新しい知識を外から持ち込むのではなく、すでに組織の中にある経験を言葉にし、一人ひとりが自分の状況に合った次の一手を考えられるようにする。そのための方法として、各社はパターン・ランゲージを使っていました。

2026年10月6日(火)、株式会社クリエイティブシフトは「パターン・ランゲージフェス2026 〜現場の知恵が、組織を変える〜」を、DNPプラザ(東京・市ヶ谷)で開催しました。4回目となる今年は、企業の実務担当者・経営層に向けたプログラムとし、40名の方にご参加いただきました。本報告では当日の内容を簡単にご紹介します。

プログラム

時間 セッション/登壇者
13:00 オープニング井庭崇(株式会社クリエイティブシフト 代表取締役会長/慶應義塾大学総合政策学部 教授)、AKI(とんがりチーム研究所 所長)
13:40 「らしさ」の解像度を上げる言葉づくり ― 10年を経たUDS STYLEの見直しとアップデート UDS株式会社 代表取締役社長 中原典人氏
14:40 「楽しく挑戦しよう」― 熟達エンジニアのやわらかな“技術”で文化を紡ぐ 三菱重工業株式会社 技術戦略推進室 先進デザインセンター センター長 柴田尚希氏
15:50 「研修で教える」を、やめてみた。― 管理職の経験を「実践知」に変える AKI(とんがりチーム研究所 所長)
16:30 江戸の循環のコツを未来にタネまき 株式会社大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所 所長 永井滋氏、内野有里子氏
17:30 削り出された技術と文化、社内外に伝わる価値 〜大企業変革支援のメソッドのパターン・ランゲージづくり〜 株式会社Muture 代表取締役 莇大介氏、サービスデザイナー 吉野淳一氏

オープニング:なぜ今、企業にパターン・ランゲージなのか

井庭崇(株式会社クリエイティブシフト 代表取締役会長)

井庭崇(株式会社クリエイティブシフト 代表取締役会長)

オープニングでは、当社会長の井庭崇が「創造的実践」という言葉から話を始めました。創造的実践とは、マニュアル化できるような固定的な手続きではなく、状況に応じて調整したり創意工夫したりしながら行う実践のことです。営業も、プレゼンテーションも、部下との面談も、相手や状況によって最適なやり方が変わります。定型的な仕事以外の多くは、この創造的実践にあたります。

生成AIが前提となる時代には、これまでの仕事を別の場所に横展開するような作業の多くを、AIが担えるようになります。人に求められるのは、これまでを踏まえつつ新しさも含むような創造的実践です。井庭は、ミヒャエル・エンデの「創造的であるというのは、要するに、人間的であるということにほかならない」という言葉を引き、この時代にこそ響く言葉だと紹介しました。

こうした実践の上手さは、これまで「センスの問題」とされるか、「10年経験を積めばわかる」と言われてきました。けれども、変化の激しい今、10年は待てません。井庭が「朗報」として示したのは、マニュアル化できない実践にも勘所やコツがあり、それを言語化して共有する方法がある、ということでした。それがパターン・ランゲージです。よい実践の本質や経験則を言葉にしたもので、状況を見る目を養い、何が大切かを教え、コツに名前をつけて仲間と話せるようにします。

話はさらに、組織が変わるための条件に進みました。組織が変わるには、一人ひとりの意識が変わるだけでは足りません。組織の中のコミュニケーションが変わる必要があります。パターン・ランゲージは個人の発想を変えると同時に、コミュニケーションの語彙として組織の中に流通し、組織の体質を変えていきます。近年は、ある組織の中で大切にされている実践を対象にした「ローカル・パターン・ランゲージ」も生まれています。今回の事例の多くはこのタイプです。

AKI(とんがりチーム研究所 所長)

AKI(とんがりチーム研究所 所長)

続いて、当社パートナーで組織開発コンサルタントのAKIが、企業の現場から見た問題を提示しました。正解のない問題が増えるなかで、企業は「正解にこだわる」か、手がかりなしに「とにかくやってみる」かのどちらかに傾きやすい。パターン・ランゲージは、その間に「判断の足場」をつくります。正解は渡せませんが、「この状況ではここを見るとよい」という手がかりは渡せます。

後半の対話では、「型」の二つの意味が話題になりました。「型にはめる」というときの型は、同じものを大量につくるための鋳型です。一方、能や武道の型は、身につけるほどその人らしい表現が生まれる、生成のための型です。パターン・ランゲージは後者にあたります。

手順をそろえるのではなく、考えるための視点をそろえ、その先の行動は一人ひとりが自分で生み出す。この日の5つの事例は、まさにその実例でした。

5つの事例に共通していたこと

01起点は、すでに組織の中にある経験

UDSは、全社員へのアンケートと、創業者から歴代経営者が大切にしてきた点から、自社の「らしさ」を言葉にしました。三菱重工業は、ハードテックの領域で挑戦を続けてきたエンジニア20名に話を聞きました。大手企業A社の研修では、社内でよいマネジメントを実践している管理職へのインタビューから、自社版のパターンをつくりました。大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所は、江戸時代の暮らしに息づいていた循環の知恵を掘り起こしました。Mutureは、大企業の組織変革に伴走してきたボードメンバー3名の経験を形にしました。

外から理論を持ち込んだ事例は、ひとつもありませんでした。自分たちの現場から生まれた言葉だからこそ、読んだ人がまず「これ、わかる」と感じられます。その実感が、自分の経験を振り返る入口になります。

02言葉は、守らせるものではなく「置いてあるもの」

Mutureの吉野氏は、クレドとパターン・ランゲージの違いを、「クレドは約束の意味合いが強い。パターン・ランゲージは、置いてある感じ」と表現しました。手に取ったときにコツがつかめ、動きやすくなる。だからこそ、言葉を間に置いた会話が広がるのだといいます。三菱重工業の柴田氏も、トップダウンで啓蒙するのではなく、楽しく挑戦している実践者同士をつなぎ、「そうしたくなる」流れをつくると語りました。

一方、UDSは新しいUDS STYLEを目標設定・評価シートに組み込みました。言葉そのものは約200名の社員とのワークショップから生まれ、それを日常で使い続けるための仕組みとして評価を選んだかたちです。言葉を誰がつくり、組織のどこにどう置くか。答えは一つではなく、各社がそれぞれの組織に合った置き方を選んでいました。

03言葉を間に置くと、話せなかったことが話せる

カードを手に語り合う参加者

大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所のセッションでは、カードを手に隣の人と語り合う時間を設けた

未来定番研究所のセッションでは、江戸の循環のコツを描いたカードを手に、隣の席の人と10分間話す時間を設けました。初対面同士にもかかわらず、どのテーブルでも話が止まらず、エコバッグの話題で盛り上がるグループもありました。Mutureが外部のカンファレンスで行ったワークショップでも、所属も職種も異なる参加者のなかに、黙っている人は一人もいなかったといいます。

職場の隣にいる人も、よい経験をたくさん持っています。けれども、それを話すきっかけはなかなかありません。自分の工夫を話せば自慢話に聞こえるかもしれないと思い、口にしないことも多いでしょう。井庭は三菱重工業のセッションの後、パターンがあると「こんな話は初めて聞いた」という対話が自然に生まれる、それが組織のコミュニケーションが変わるということだ、と話しました。オープニングで井庭が語った「組織が変わるには、コミュニケーションが変わらなければならない」という話が、具体的な場面として確かめられたように思います。

参加者の声

当日のアンケートでは、ご回答いただいたすべての方から「大変満足」との評価をいただきました。寄せられた声の一部をご紹介します。

・表に出ない活用事例こそ、具体的にどうしたらいいか、考えるきっかけになりました

・ちょうど良い抽象度の中空のことばを使うことで、一人ひとりの自分ごと化や語りを促進し、みんなが楽しみながら自分の経験を実践知にしていけるんだろうなと感じました

・自分の経験につながることだけが行動変容を促す

・組織の創造性、エンゲージメント、社員のモチベーション、社員同士の関係性向上など、広範囲に効果があることが事例を通して把握できました

おわりに

当日の集合写真

最終セッションの最後に、Mutureの莇氏は、直前の未来定番研究所の発表に触れてこう話しました。江戸の人々の知恵が、パターン・ランゲージを通じて今の私たちに届いた。同じように、いま大企業の中で積み重ねられている変革の知恵も、パターン・ランゲージを通じて次の時代へ渡っていくのかもしれない、と。

現場の知恵は、日々の仕事の中で生まれ、言葉にされないまま消えていくことも少なくありません。それを掬い上げ、言葉にし、人から人へ渡していく。パターン・ランゲージは、そんな営みを支え、知恵が組織の中で、そして組織を越えて受け継がれていくことを後押しします。

ご登壇いただいた皆さま、ご参加いただいた皆さま、会場をご提供いただいたDNPプラザの皆さまに、心より御礼申し上げます。