パターン・ランゲージ活用事例第11回では、今話題の「アクティブ・ラーニング」に関する新しい動きをご紹介します。今回は、株式会社ベネッセコーポレーションの宇都宮嘉宏さんにお話をうかがいました。同社は、クリエイティブシフトと共同で、アクティブ・ラーニングにおける指導の工夫・コツを言語化した『アクティブ・ラーニング・パターン 《教師編》』(以下ALP)を開発。高校の先生に向けての研修・ワークショップを通じて、ALPを広めていく試行錯誤にもご注目ください。
アクティブ・ラーニングは、型だけの導入ではうまくいかない
世界の潮流として、21世紀に求められる汎用的な資質・能力を定義し、それを基礎にカリキュラムを作る動きがあります。日本でも、「21世紀型能力」という言葉が使われ始め、その育成に向けたアクティブ・ラーニングが注目されています。文部科学省の学習指導要領改訂においても、「主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点からの学習過程の改善」が求められています。
この流れを受けて、アクティブ・ラーニングという言葉は教育現場に浸透し、取り入れる学校も増えていますが、先生方からは、「自分はアクティブ・ラーニングの授業を受けたことがないからイメージできない」、「学びの主体を生徒にするのは不安」といった声も少なくありません。というのも、これまでのアクティブ・ラーニングの指南書は、手法だけを伝えるものが多く、先生自身がアクティブ・ラーニングの本質を理解しないまま、手法だけを取り入れてみることも多かったのです。しかし、グループワークやディスカッションといった型だけを導入しても、うまく機能するとは限りません。踏み出してみたのに失敗するということも少なくなく、結局、「自校の生徒には合わない」、「導入は難しい」と感じてしまうということが起こっていました。
ベネッセでも、国語・数学・英語などの教科や、教科をまたぐアクティブ・ラーニングの教材を開発しました。問題を解き進めていくうちに、生徒自らが気づきを得て学ぶことができるように工夫された教材なのですが、現場では、ついつい先生が先に答えを与えてしまう、生徒が気づくところを解説してしまう、ということが起こったのです。どんなに優れた教材と指導案を目指し、作っても、先生方がアクティブ・ラーニングを意識した進め方ができなければ、効果に大きな差が出てしまうことが課題となっていました。
ALPを開発することで、先生の指導力向上をサポートする
当社は、2013年度から2015年度にかけて、文部科学省の「高等学校における『多様な学習成果の評価手法に関する調査研究』事業」に参画。私のチームがこの案件を担当しました。そのときの知見とさらに研究を重ね、高校教育を通じて生徒が身に付けるべき「社会・職業への移行に必要な資質・能力」のうち、評価できる能力を、「批判的思考力」、「創造的思考力」、「協働的思考力」と定義し、これら3つの力を測るアセスメントテストを開発しました。
次のステップとして、こうした力を育成するためのサービスに本腰を入れるために、育成サービス企画課を新設。アセスメントや教材を通じてだけでなく、先生の指導力向上を支援する新しい形をつくっていこうとする初めての試みでした。
日本の教育現場にアクティブ・ラーニングを定着させるために、ベネッセができることはなんだろうかと思案していたところ、2015年にパターン・ランゲージに出会いました。その後、クリエイティブシフトさんとお話させていただき、両社の想いが合致し、共同開発をすることになりました。そして、ALPを開発したことにより、先生の指導力向上に対する具体的な支援が実現できるようになってきたのです。
先生同士が教科を越えて対話できるのが、ALPの特長
パターン・ランゲージの制作は、非常に楽しくワクワクする作業でした。アクティブ・ラーニングを実践している先生方13名にインタビューして、授業のしかけ、考え方などをお聞きしました。その後、その実際の経験則を分類しながら、ヒントを抽出・言語化し、45の「パターン(言葉)」としてまとめました。パターン(言葉)は、「A.学びたい心を見つけ、育てる」、「B.一段上に引き上げる」、「C.ともに高め合い、変わり続ける」の3グループごとに各15個で構成されています。
ALPは、「ALPアセスメント」、「ALP冊子」、「ALPカード」の3点セットになっています。「ALPアセスメント」は、自分がどれくらいアクティブ・ラーニングのコツを実践しているか、自己チェックをするためのものです。「ALP冊子」には、それぞれのパターンの詳細説明や具体的な事例がまとめられています。「ALPカード」は、一枚にひとつのパターン(言葉)が書かれたカードで、先生同士で知見を高め合うためのワークショップで使用します。もちろん、ワークショップ以外にも、先生が自分で「これは実践しよう」と思うパターンのカードを手元に置いて、常に意識できるようにするなどの活用方法もあります。
これらは、2016年8月から高等学校の先生向けに無料で配布を始めました。私自身「使えそうだ」という期待はありましたが、実際に効果を確信したのは、最初にとある公立高校の先生方を対象にワークショップを行ったときでした。カードがあることで、私がいろいろと話さなくても、先生方同士での対話が深まっていったのです。それ以降、約30校でワークショップを開催してきました。「今まで、先生同士でこういった話をすることはなかった」とおっしゃる学校がとても多くありますから、新しい機会をつくることができていると思います。
各自に行ってもらうパターンの実践チェックでは、「知っていること」、「意識していること」ではなく、「実践できていること」だけにチェックをしてもらうことにこだわりました。「意識はしていなかったけれど、実践していること」こそが暗黙知だからです。その上で、先生同士で、対話を行っていただきます。
ワークショップの感想で一番多いのは、「違う教科の先生方と初めて深い話をした」というもの。意外なことに学校で、教科の違う先生同士がお互いの授業や生徒との接し方について話し合う機会はほとんどないのですね。ALPの優れている点は、先生同士が教科の壁を越えて、アクティブ・ラーニングの視点で対話できること。具体例を共有することで、「自分の授業では、どう取り入れられるか」をイメージすることができるところです。また、組織の中に眠っている暗黙知を掘り起こし、組織内で共有することで、お互いに高め合うこともできます。組織外、つまり他の学校での成功例は、なかなか自分ごととして捉えることができませんが、同じ生徒に対して実践し、成功しているパターンであれば、「私も取り入れてみようかな」という気になりますから。
感度の高い先生方による口コミで全国に波及
2017年度、ALPを使った研修は、沖縄県、三重県、鹿児島県で県事業として導入され、各県の指定校で活用されています。指定校の公開授業では、県内他校の先生方にもALPを取り入れた授業について紹介していただきますので、感度の高い先生方に波及し、今は、全国各地に口コミで広がり始めている状態です。
正式にプレスリリースをした2017年の夏以降は、各自治体や学校からの問い合わせが相次ぎ、今までに180件以上はALP3点セットの要望をいただいています(2017年12月現在)。2017年の日本アクティブ・ラーニング学会や慶應義塾大学SFCのORF2017でもALPについて発表し、それがきっかけで、さらに別の様々なイベントでも、ワークショップを体験していただく機会を得るなど、広がりを見せています。
ALPの課題は、体験しないと効果を実感してもらえないこと
ALPにも課題があります。それは、実際にワークショップを体験しないと、腑に落ちないこと。ALPの3点セットを入手しただけでは、「使い方がよくわからないもの」と認識され、タンスの肥やしになってしまう可能性があるのです。このハードルを超えるためには、ALPの本当の効果を実感してもらえるよう、丁寧に広げていく必要があると思っています。そういう意味では、ALPを県事業など、多くの先生が関わる研修で採用していただき、とりあえず体験してもらうという取り入れ方は、効果的だと思います。「よくわからなかったけれど、体験してみたらとても良かった」という先生も多く、先生自身の成長も実感していただいています。
ワークショップを体験して、ALPの基本的な使い方をマスターし、効果を実感していただいた先生方には、どんどんアレンジして自由な発想で使っていただければと思います。実際に、ALPの活用に熱心な先生がいらっしゃる学校では、全職員で効果的な使い方を共有していただくなど、積極的に取り入れていただいています。
ある地域の教員免許の更新に伴う講習会では、全員に対してALPのワークショップをすることが決まっています。ある程度の教員経験を積んでいる先生方に、節目としてALPを体験していただくことは、意義があるのではないでしょうか。いずれは先生方全員にワークショップを受けていただき、アクティブ・ラーニングの概念をお伝えし、真の教育改革につなげられればと思っています。
ALPが、日本の教育現場における対話のスタンダードになってほしい
2017年はALPの認知拡大に注力した年でしたが、2018年は、私の手を離れて全国に広まるようになってほしいと思っています。ただ、前述したように、ワークショップに参加していただかないと、本質を理解してもらえないという課題があります。私や各支社の担当者がすべての学校に出向いてワークショップを開催することは不可能ですから、この課題をクリアするには、学校の先生主導でワークショップを開催できるようなシステムを作ることが必要です。もちろん、ワークショップの方法を文章で説明した資料はありますが、なかなか文章だけでは伝わりませんから、1つの方法としては、ワークショップの流れを動画で無料公開できれば良いのではないか、と考えています。
理想的には、今後ALPが、教育に携わる方々、先生方の対話のスタンダードになって欲しいと思っています。教育現場での日常言語として、会話の中に当たり前に「パターン」を使ってもらうことで、短時間のコミュニケーションの中で、お互いに高め合うことができます。たとえば、「『グッド&ベター』でフィードバックしてくださいね」というように。
時代の流れや状況が変わると、古くなる類のものもありますが、ALPは概念・言語ですから、古くはなりません。概念の基本として、構造化・体系化されていることがALPの強みだと言えます。新しい概念が入ってきても、ALPはその都度、足したり引いたりすることで、応用が効き、使われ続けていくことができるのです。
すでに、ワークショップを受けた後、いくつか「取り入れてみよう」と思うパターンを選び、意識して授業を進めるようになった先生もいらっしゃいます。今後は、先生および授業が変わることで生徒はどう変わるのか、生徒の学びに与える影響も追っていきたいと思っています。ALPの45の「パターン(言葉)」が、先生方が学びの場・教育のあり方を考えるきっかけとなり、生徒たちが主体的に学び、21世紀に求められる能力を育むことにつながれば良いなと願っています。
(取材・執筆 鯰美紀)