正解を教えず考える土台をつくる。
パターン・ランゲージでの目標設定と育成
この記事から学べること:
・自主的なチャレンジを引き起こす「目標」としてのパターン・ランゲージの可能性
・教えるだけの研修から、実践を生み出す指導へと変えていく方法
事例共有者:
山下力(やました・つとむ)さん NPO法人コレクティブ 認知症地域支援推進員
1980年生まれ。2000年よりNPO法人コレクティブに所属し、介護現場に携わる。北欧の認知症ケアを学ぶため、デンマークやスウェーデンの介護施設で実践経験を積んだのち、国内の新規事業立ち上げや自治体出向を経験。熊本県山鹿市では、認知症地域支援推進員として「旅のことば」のワークショップを多数実施し、地域とこどもたちをつなぐ活動を展開。

コレクティブの山下さん。
「旅のことば」(認知症とともによりよく生きるためのパターン・ランゲージ)を使い、小・中・高校での授業を展開するなど、パターン・ランゲージ活用の先駆者だ。
現場が好きだからこそ、悩み続けてきた「伝え方」
山下力さんは、長く介護の現場に携わってきた。 なかでも認知症のある人たちとともに過ごす時間は、 山下さんにとって活動の原点だという。一方で、法人が大きくなり関わる人が増えるにつれ、 別の課題にも直面してきた。
「現場にいるだけでは済まなくなってきたんです。 新しい職員さんが増える中で、 どうやって質を担保するか、 どうやって大事にしている考え方を伝えるか。」
介護の技術や手順だけでなく、 「何を大切にしてケアをするのか」という考え方を、 どう共有していくのか。 それは、山下さんが長く向き合ってきたテーマだった。
「聞いて終わり」の研修から抜け出したかった
今回、「ともに生きることば」を使った取り組みを始めた背景には、 従来の研修に対するもどかしさがあった。
研修を実施しても、 その場ではうなずいてくれる。 けれど現場に戻ると、 日常の忙しさの中で流れていってしまう。
「聞いて終わり、になってしまうことが多かったんです。」
法人として大切にしている考え方を伝えたい。 でも、「教える」だけでは届かない。 現場の質を上げるには、 考え方が実践につながる仕組みが必要だと感じていた。
新たな取り組みで、組織が少しずつ変わり始める
悩んだ山下さんが行った取り組みは、
・「ともに生きることば」から各自が目標を選んで、自分なりにやってみる。
・最後にプレゼンをする。
シンプルといえば、シンプル。
しかし取り組みを通じて、 まず感じたのは、職員一人ひとりの「意識の変化」だった。
すぐに行動が大きく変わるわけではない。 それでも、自分の実践を言葉で捉え直そうとする姿勢が、 少しずつ見え始めたという。
「他の人の取り組みを見て、 『いいな』って刺激を受けあっている場面もありました。」
一人の小さなチャレンジが、 別の誰かの背中を押す。 そんな連鎖が、静かに起こり始めていた。
「やってみよう」と思える土台ができた
一連の変化の中で、特に大きかった成果は何か。 そう尋ねると、山下さんは迷わず答えた。
「“やってみよう”と思える土台ができたことですね。」
目標を立てて終わりではない。 実践し、振り返り、発表する。 その一連の流れを経験できたことが、大きな意味を持っていた。
個人の取り組みが、 場全体の学びとして共有される。 その感覚は、従来の研修では得られなかったものだった。
正解を教えないからこそ、考え続けられた
なぜ、こうした変化や成果が生まれたのか。 山下さんは、その理由を「余白」に見ている。
「パターン・ランゲージを使うことで、 『何を大切にしたいか』を考えやすくなったと思います。」
「正解を教えられるわけじゃない。 だからこそ、自分で選ぶ余地があった。」
選び、実践するだけではある。
しかし、誰かの答えをなぞるのではなく、 自分で考え、自分で目標をつくり、動いていく。 そのプロセス自体が、育成になっていた。
カードが対話を生み、目標を「自分ごと」にした
今回の取り組みでは、カードを使って目標を立てるプロセスが組み込まれていた。
「何もない状態で『目標を立てましょう』と言うと、 みんな結構、手が止まるんです。」
カードがあることで、 言葉を手がかりに対話が始まる。 自分で「これが大事だ」と選んだ言葉だからこそ、 目標は他人事ではなくなる。
さらに、対話の中で他者の視点が入り、 目標は少しずつ磨かれていった。
発表することで、個人の経験が場の知恵になる
チャレンジの最後には、 取り組みを発表する場が設けられた。
「個人の中だけで終わらせたくなかったんです。」


発表することで、 一人の経験が、組織全体の学びになる。 また、自分の言葉で説明する力を育てる機会にもなった。
将来、外に向けて発信していくことを考えたときにも、 この経験は大きな意味を持つと山下さんは考えている。
個人から始めたからこそ、生まれた広がり
今回、あえて「個人チャレンジ」という形を選んだのも、 明確な意図があった。
「組織目標にすると、 どうしても自分ごとにならない人が出てくるんです。」
個人だからこそ、小さくても本気のチャレンジができる。 そして、その積み重ねが、 結果的に周囲へと波及していったのだ。
忙しい現場でも成立した理由
日々忙しい介護現場で、 なぜこの取り組みが成立したのか。
山下さんは、「ゴールの存在」を挙げる。
「最後は発表する、というゴールがあったのは大きかったと思います。」
集まって、カードを広げ、目標を立て、実践し、発表する。 その流れ自体が、エネルギーになっていた。
また、管理しすぎなかったことも、 現場にとっては良かったのかもしれない、と振り返る。
介護に限らない、「言葉」を使った育成の可能性
この取り組みは、介護以外の組織でも活かせるのだろうか。
「業界は違っても、 質を上げたい、成長してほしい、 仕事を好きでいたい、 そういう思いは共通だと思います。」
そうした思いを言葉にし、 行動につなげる。 そのための方法として、 パターン・ランゲージは他業界でも十分に可能性があると山下さんは語る。
小さく始め、言葉を身近に置く
最後に、目標設定や人材育成に悩む組織へのメッセージを尋ねた。
「いきなり目標を立てさせなくてもいいと思うんです。」
まずはカードを選び、 なぜその言葉が気になったのかを話す。 ハードルの低いところから始めて、 言葉を身近に置いておく。
「それだけでも、 少しずつ変わっていくんじゃないかなと思います。」
実践から導き出されたパターン・ランゲージが、会話や思考に馴染むうちに、実践を導くのだ。
おわりに
教え込むのではなく、 考える余白を残す。 評価するためではなく、 次の一歩を生むために言葉を使って目標を立てる。
山下さんの実践は、 忙しい現場の中でも、言葉の力で人が育ち、挑戦が生まれる可能性を示している。
それは、介護の現場に限らず、 目標設定や人材育成に悩む多くの組織にとって、 静かなヒントになるはずだ。
(インタビュー&ライター:雀部亜莉子)