企業でのパターン・ランゲージ活用事例をご紹介する本コーナーの第2弾は、パターン・ランゲージを実際に作成・活用されているウィルソン・ラーニングワールドワイド株式会社(以下、ウィルソン・ラーニング)の三浦さんの事例を紹介します。三浦さんは、「越境リーダーシッププロジェクト」を立ち上げ、既存の枠組みを越えて活躍する人たちの行動を「越境リーダーシップパターン」としてパターン・ランゲージにすることで、共創的な事業創造を通じて社会的価値を創り出す実践知を共有するツールとして使っていく実践研究を進めています。
新たな価値を創り出す上で必要なのは、「越境リーダーシップ」
ウィルソン・ラーニングは世界50か国に研修を提供しており、グローバルな戦略プロジェクトをお手伝いしています。その中で見えてくるのは、世界の主要なマーケットでのプロジェクトで、2000年後半から日本が外れるようになってきたことです。日本のマーケットとして魅力が低下していることが要因です。一方、日本国内を見てみると、日本企業は元気がないですし、社会に閉塞感を感じます。市場も成熟し、縮小が見込まれ、社会的な課題は顕在化しています。
こうした状況の中で、私自身、人材開発の仕事に携わる人間として、「組織」視点の戦略遂行能力を高めるのみでなく、企業の中の「個人」が起点となって新しい社会的な価値を事業によって作っていく動きが日本には必要だと感じていました。特に自分の周りにおられる、企業にいながら自分たちのリソースを使って社会課題を解決できないかにチャレンジしている人の動きを見て、それらを可視化して、志す道をつくり、挑戦する人を増やしたいと思っていました。個人レべルの活動から組織を動かし、日本から新しい社会的な価値ある事業を生む。さらに、日本で成功した課題解決の事業モデルを世界に展開できるような動きをつくりたい。そんな思いで、「越境リーダーシッププロジェクト」を立ち上げました。越境リーダーシップとは、自らの想いを起点として、既存の事業領域や組織の枠を超えて、共創的に課題解決のために行動することを言います。社会的にまだ少ないその動きを実践的に研究し仕組み化して広めていくための取り組みが越境リーダーシッププロジェクトです。
新たな価値を創造するために事業を作ろうとする人の多くにとって、それは初めて経験することです。ですから、いろんなところでつっかかったりとか悩んだりして足が止まりかけます。前に進むためには、具体的な方法論など予備知識はあまり必要ではなく、自分が陥っている問題に気づいたり、乗り越えるための行動や方策についての実践知を実践経験者と共有する力の方が大切なのではないか、と思っていました。
「これからの学びはつくりながら学ぶ」に直感でピンときた
持続的に価値を創造していくためには、アクションを起こしている越境リーダーを起点として、続く人や活動が生まれるような仕組みや状況をつくっていかなければなりません。そうしなければ、単にその個人がすごかった、で終わってしまいます。それはすごくもったいないことです。ですから、個々人の活動を、まだ活動していない人たちが理解でき、実践者視点に立って組織が支援できるようにしたかったのです。
「越境リーダーシップ」自体は、「概念(考え方)」です。彼らの具体的な行動をもとに、この「越境リーダーシップ」という概念を、より多くの人が理解できるようにに一般化するにはどうしたら良いかと思いながら進めていました。そんな時、「クリエイティブラーニング」という新しい学びの形の実践研究をしている同僚が、TEDxKidsで井庭さんと出会いました。それが、私がパターン・ランゲージを知るきっかけです。「これからの学びは創ることで学ぶんです」と話されていたことに共感し、ワクワクしたんです。そこで、後日ウィルソン・ラーニングまでお話に来て頂きました。お話を聞いて、越境リーダーシップの行動、実践知をどのように体系化するかという悩みにパターン・ランゲージが使えるんじゃないかと直感的に思いました。絶対使えるという確信はなく、とにかく試してみようと。
組織の中で、個人が起点となって、組織を巻き込んで事業にしていく。その過程にはいろんな障害がありますが、乗り越えるポイントとなる障害は共通項が多いです。たとえば、経営層に認められないと公式な活動になりません。ですから、承認を得て活動するための働きかけをします。でも、いきなり事業の企画書を作って持って行っても理解されにくいです。「結果はでるのか?」という質問に答えられず、「もうちょっと考えろ」と言われてしまうのがオチです。では、どうするか。多くの人は水面下で小さく始めて、行動した結果を持って経営層や経営層に影響を及ぼす人へ持ち込み、スポンサーになってもらい、事業化の承認を得ます。これには特別な能力が必要なわけでもないのですが、みんなができているわけでもありません。このように、価値創造を興す際に組織で直面する障害を乗り越えることは、パターン・ランゲージを使えばパターン化ができ、皆で実践知を共有できると思ったのです。
越境リーダーシッププロジェクト自体も「越境」を経験した
ウィルソン・ラーニングが世界に展開しているのは、人間の行動科学や心理学といった科学的な根拠や理論体系に基づくプログラムです。あるプログラムが人に対してどう影響を与えるか、どうすればうまくいくかということなどの背景には体系化された理論があります。ですから、社内では、根拠や理論のないものはサービスとして承認されません。越境リーダーシップ自体は概念だとお話ししたように、当初は自分も説明できない状態で始まっていますので、当然なんですけど、会社でやろうとすると、これは何なのか、どんな理論でどうやってやるのか、と問われるわけですね。
ですので、最初は産学連携の研究的な取り組みという形で、一橋大学と慶応義塾大学(その時は井庭さんではありませんでしたが)に頼みに行き、他社企業と協働で動き始めました。最初に行ったのは越境リーダーシップを体現している企業内の事業家をゲストに、越境リーダーシップを探究する対話型の「越境リーダーシップカンファレンス」を5回行いました。多くの方から反響をいただき、この実績と成果によって会社として正式に「越境リーダーシップ」プロジェクトとして、新規事業化を見据えて実践研究活動を名刺を持ってやっていい、と認められました。ただし、営業業務と兼務であること、会社として予算は付けず、このプロジェクトで収益を生み、その利益をリサーチ活動と体系化するための投資に充てるという条件です。ですが、これにより、公式に投資が可能になり、井庭さんと研究室を卒業した方のご協力のもとパターン・ランゲージ開発が可能になりました。
ひとりでは言語化できないもやもやと、メンバーと共につくりあげる感動。実際に作成して一番役に立ったのは、自分自身だった
パターン・ランゲージ作成にあたって15名の越境リーダーへのインタビューと、彼らに集まって頂いて行動を抽出するワークショップを行いました。共通項を見出してパターン化することは並大抵のことではありませんでした。うまく表現できないところがあると、自分の言葉の貧困さに腹が立ちますし、吐きそうになりました(笑)。しかし、メンバーと共に「これってこういうことだよね」と確認し合ってよりよい理解、表現に仕上げていくプロセスで、井庭さんが話していた「つくることによる学び」をまさに肌で感じました。
越境リーダーシップパターンを作成して一番役に立ったのは、自分自身だと思います。たとえば、私の本業は営業部長ですから、越境リーダーシップを成功させる前に、営業の数字責任をきちんと果たさないといけません。越境リーダーシップパターンに、#12「その前にやること」というパターンがあります。「新しいことをやる」場合、本業が1%でも疎かになっていれば、上司や同僚が見た時に、こう思います。「お前、その前にやることあるだろ」と。組織をリードする人間が本来業務を疎かにし、好きなことしかやらなかったとしたら、組織に悪い影響が及びかねません。私は、「その前にやること」を自分に問いながら越境リーダーシップのプロジェクトを進めることができたので、本来の仕事と越境リーダーシッププロジェクトの両方を進めることができました。本業を全うしながら新規事業を創造した越境リーダーシップは皆、本業120%全うし、隙のない状況をつくり、自身の価値創造に100%注いでいました。自分もそうありたいと自覚が増しました。このように、越境的な取り組みを行う際に社内外で直面する状況や問題を自分で認識できるようになったり、うまく進めるための行動を意識できるようになったことが、とても助けになりました。
社会に対する自らの課題意識から、越境リーダーシッププロジェクトを立ち上げた三浦さん。様々な越境リーダーの知見をまとめながら、自社に認めてもらうまでにプロジェクトを育てていくプロセスは、まさに越境リーダーシップそのものです。
後編では、実際の作成プロセス詳細、越境リーダーシップパターンをつかった現在のプロジェクト活動、今後の展望、そして三浦さんが考えるパターン・ランゲージの魅力をご紹介します。