企業でのパターン・ランゲージ活用事例をご紹介する本コーナーの第1弾として、パターン・ランゲージを本格的に事業に活用している大日本印刷株式会社(以下、DNP)の研修部の事例を紹介します。DNPは、おそらく日本でパターン・ランゲージ3.0の作成を一番早く企業活動に導入された企業。初年度以降も、毎年バージョンアップさせながら最適な取り入れ方を研究し続けている、パターン・ランゲージ活用企業のパイオニアです。
「パターン・ランゲージは絶対使える」と確信を持った出会い
パターン・ランゲージと出会ったのは、2011年のOpen Research Forum(以下、ORF:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)による公開研究発表)でした。井庭先生を知ったのは実はもっと前で、2001年、我が社の企業理念を整理しようという機会でした。ちょうど21 世紀に移行する頃でしたので、「創発的な社会に貢献するを理念として掲げることになりました。統制から混沌の時代に移り変わるにつれて、これまで以上に今まで出会わなかったモノ同士が出会い、新しい価値が生まれてくるだろう、と。こうした来る創発的な社会にDNPは貢献していきたいと思ったのです。
しかし、「創発」という言葉は、当時は非常に分かりづらく、社内でも議論が起こりました。学術的にはどのように説明されるのだろうと、もともと接点のあったSFCの熊坂先生をはじめとする先生方とのネットワークを辿りました。そこで、井庭先生と出会ったんです。当時、またその後しばらくは井庭先生の研究そのものとはコンタクトはありませんでしたが、2011年のORFであの時の井庭先生が、面白い研究をしていることを知りました。パターン・ランゲージは非常にユニークで、「絶対使える」「何か生み出してくれる」と確信しました。まさに、インスピレーションです。当時は、『ラーニング・パターン』『プレゼンテーション・パターン』『コラボレーション・パターン』が研究室で作成されていて、それらを持ち帰らせて頂いたのですが、「コレだよね!」と社内で大盛り上がりになったのです。そして、どのようにパターン・ランゲージを企業で活用しようかを考えるに至りました。
私の担当は人材育成ですので、組織の中でいかに「教える」かを重視してきました。まさに、育成のコンテンツや教え方を欲しているところでした。上司が後輩に教えるのが通例ですが、もっと違う教え方、学び方ができるのではないか、と思っていたのです。そのタイミングで出会ったので、井庭先生のもとへ駆け寄り、DNPでのパターン・ランゲージの導入がスタートしました。
SFCの活用法を参考に、新入社員向けに研修を企画。新人が社内の暗黙知や経験を記述するチャレンジ。
SFCではすでに新入生向けに『ラーニング・パターン』を用いた「対話のワークショップが実践されていたので、まずその活用法を参考にしようと考えました。このワークショップは、新入生を対象に行われ、これから4年間のSFCでの学び方を考えるためにお互いの学びの経験談をパターンに沿って語り合うものなのですが、これを社内の新入社員向けの研修でやってみたらいいのではないか、という考えに至りました。
従来の研修は、新人は何も分からないから教え込む、という体制をとっていたのですが、本当に彼ら新入社員の、これから先の不安を解消できるのかが懸念されていました。新入社員数名にヒアリングをしたところ、不安の中でも、新入社員は接したことのない、「お客様」への不安が大きいことが分かりました。これを踏まえ、研修内で「顧客とのいきいきとした関係作り」をテーマにパターン・ランゲージを作成することに決めました。
研修では、まず、『コラボレーション・パターン』を用いた「対話のワークショップ」で、パターン・ランゲージとは何か体感してもらいました。次に、新入社員がグループに分かれ、上司や先輩に対して「お客様とのいきいきとした関係作り」の体験を聞く、マイニング・インタビューを行いました。その後、井庭先生だけでなく、研究室の学生にもサポートしてもらって、体験談をパターン・ランゲージの形式で記述し、冊子にまとめるまでを一連の研修として実施しました。その、顧客とのいきいきとした関係作りのための『ライブリレーション・パターン』が、DNPによる第一作目になります。
研修にかけた期間としては、11月から2月の約4ヶ月です。1回あたり約3時間、それを計11回です。20 人の新入社員を4つのグループに分けて、同じプロセスを踏んでそれぞれパターンをつくっていったのですが、最終的にはひとつにまとめました。井庭研究室のメンバーのサポートのもと、研究で行われているような完全なプロセスを踏んでいきました。できた『ライブリレーション・パターン』を使って、「対話のワークショップ」も行ったのですが、ベテラン社員にも質が高いと評価してもらうくらいに成果を出すことができました。これをトリガーとして、体験談が上書きされたり派生したりして、さらに多様な社内の人たちの経験が積み重なることで、厚みが増していく実感もありました。
また、パターンそのものもさることながら、1年目の大きな収穫は、この社員のコミュニケーションのトリガーとなるものを未経験の新入社員が作ることができた、ということです。
OJTが意図的に行われるしかけにもなった
現在多くの企業において、OJTとして仕事を通じて学ぶことが、原則になっています。その場合、体験して学びなさい、という流れになりがちですが、やはり時間が経たないと学べないことも多いですよね。それに、かつてと比べ、コミュニケーションの中で先輩から体験談を聞き出す機会も減っています。よって、どの企業においてもOJTがやりにくくなっている現状があります。
我が社では、『ライブリレーション・パターン』を作ったり、「対話のワークショップ」を行ったりすることが、まさにOJTを意図的に行うしかけになったのです。顧客との関係つくりのベースになっている「状況」「問題」「解決」がパターンになっているので、先輩としては、それをトリガーとして自分が持つ経験を掘り起こすことができ、後輩に伝えていくことができるのです。新入社員は、先輩から実際の体験談を整理された状態で聞くことで、「これまで関わることのなかった顧客が身近に感じた」という声を聞いています。経験していなくても、体験談から知恵が頭に入るのです。また、先輩の顧客とのかかわり方を自分の過去の人間関係の経験とつなげることができるので、クリアしようとするハードルも下がります。このように、新人だけではく、両者にとって顧客に対しての深い洞察になったことは、予想以上の効果でした。
1年目でつくった型から、研修部のみで2年目以降の研修を実施
2年目、2013年も同様の研修を実施しました。今度は井庭先生や研究室の学生は抜きで、私たち研修部のみでやってみることにしました。この成果が、『メイク・グッドジョブ・パターン』です。
昨年とメンバーは変わっても、同じテーマでは同じようなパターンが出てくるものです。そこでテーマを変える工夫をしました。顧客との関係と、もう一つ大切なのは、社員同士、関係者など、社内で築かれる関係です。後者はまだ暗黙的で気になるということで、これをテーマとしました。
「いい仕事ってなんだろう」という疑問から、見よう見まねではありますが、経験者を呼んできてのマイニング・インタビューを始めました。まずは私が見本でやってみたのですが、井庭先生のように「状況」「問題」「解決」を整理しながら書き留めるのはすごく難しかったのです。そこで、私はとにかくインタビューして、新入社員はとにかく筆記する、という形をとってみました。その後、何が「状況」「問題」「解決」なのかをみんなで整理していく、という方法です。以降は、1年目と同じようなプロセスを踏んでいき、最終的には完成した『メイク・グッドジョブ・パターン』を使った「対話のワークショップ」まで行き着くことができました。この時面白かったのが、ベテラン社員も他の社員の体験談を聞きたがって積極的にワークショップに参加していたことでした。自分はこれは経験済み、と思っていても、他者の話を聞くと、自分の体験から自分がつかみとっていたものと大きく異なる新たな側面が得られたようでした。新人のトークを聞いても、新たな気づきが得られるのです。もともとDNPは対話を重視する社風ではありましたが、先輩が後輩に「教える」関係から、先輩と後輩で「教え合う」関係があの場で生まれたのは、非常に印象的でした。経験者に依存してしまっていたのが、そうではなく、各人の違いを重視するようになったのです。学びとコミュニケーションに関する新しいスタイルが見えたことが、2年目の大きな成果です。
このように、基本的には1年目で作った流れを踏襲しつつ、自分たちだけでも研修が続けられるようにしてみて、手ごたえが得られたのが2年目でした。
この後、岩波さんの発見とチャレンジはまだまだ続きます。
後編では、DNPの3年目以降の取り組みと、工夫を凝らした応用展開をお伝えします。