学習指導要領の改訂により、2022年度から高校の「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変わります。これに伴い、株式会社ベネッセコーポレーションでは、「探究」の指導をサポートするツールの一つとして、クリエイティブシフトと共同で『探究PLカード 創造的な探究のためのパターン・ランゲージ』(略称:探求PL)を開発しました。『探究PL』の活用事例と今後の可能性について、ベネッセコーポレーション大学・社会人事業会開発部社会人事業開発1課の山下雄生さん、コンテンツ編集部育成教材企画課の逆瀬川愛貴子さんのお二人にお話をうかがいました。

2022年度から本格導入される「総合的な探究の時間」とは?

2022年度から導入される高校の学習指導要領では、「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へと変更され、学校教育目標を達成するための中心的科目として位置付けられます。

私たちの社会は、モノを作れば売れていた高度経済成長期から、モノとサービスがあふれる中で、新たな価値を見つける力が求められる時代に移行しました。また、多様化・複雑化した社会で、与えられた課題を解いていくだけではなく、自己の在り方、生き方を考えながら、自ら課題を設定して解決していく力が必要になってきました。こうした社会背景を受けて、「総合的な探究の時間」では、生徒が自ら「課題の設定」をして、問題解決に向けて「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」まで行うことを一連のサイクルとし、これを発展的に何度も回していくことで、生徒の資質・能力を育てていくことを目指しています。
 
2019年度から一部の高校で先行実施が始まっていますが、先生自身が探究学習の経験がないことが多いため、教育現場では「どう取り組んだらよいのかわからない」と、戸惑いが広まっているのが現状です。また、生徒自身が課題を設定するということは、先生が知らない領域のテーマを扱うケースも出てきますし、そもそも、生徒たち一人ひとりがバラバラのテーマに取り組む状況をマネジメントできるのかなど、不安を抱えている先生も少なくありません。


2022年度から導入される「探究」について、学校現場での不安や戸惑いをサポートしていきたいとおっしゃる逆瀬川さん


探究学習の振り返りをサポートする『探究PLカード』

こうした現場の状況を踏まえて、当社では、探究学習を全面的にサポートする教材『未来を拓く探究シリーズ 探究ナビ』(以下:探究ナビ)を開発しました。

探究学習については、学校現場での理解がまだ十分でないため、「そもそも探究学習とは何か」というところからスタートし、私たちは、指導要領で示された「課題設定」から「まとめ・表現」に加え「振り返り」までを探究学習のプロセスとして定義しました。

『探究ナビ』に含まれる『探究PLカード(以下同様)』は、クリエイティブシフトとベネッセで共同開発したカードで、探究学習に取り組むうえでのコツを、36のパターンとして言語化してあります。もともと、『探究PL』の制作は、『探究ナビ』とは別の企画として、先にスタートしていたのですが、指導要領の改訂を受けて、『探究ナビ』に組み込むことになりました。

その理由は主に2つありますが、ひとつは、「『探究PL』が、探究学習の振り返りに使えるのではないか」という期待があったからです。総合学習は、国語や数学などの科目に比べて、評価基準があいまいです。もちろん、客観的テストで「探究学習における4つのサイクルとは何か」といった出題をすることは可能ですが、探究学習自体をナレッジとして捉えることには、あまり意味がありません。それよりも、振り返りによって、生徒が探究学習を通してどう成長したのかを、定性的に何度も捉えることで、プロセスに対する主観的な自己評価や他者評価を行っていく必要があります。探究学習においては、内容とプロセス、両方の振り返りが大事なのですが、プロセスの振り返りは特に難しく、生徒に「プロセスを振り返って、何ができるようになりましたか」と聞いても、なかなか言語化することは難しいようです。しかし『探究PL』があれば、その中から、「自分ができたのはどれだろう」と選び出し、言葉にしていくことができます。

『探究ナビ』に『探究PL』を組み込んだふたつ目の理由は、教材の将来性を高めるためでした。当社の長年の経験から、紙教材では、すぐに似た内容の教材が他社から出てきてしまい、差別化が難しくなっていくことから、パターンランゲージという手法を用いて、他社ではまねできない要素を含めたかったのです。こうして、『探究ナビ』はテキスト、ワーク、教師用ガイド、探求PLカードの4つをセットにして2019年2月にリリースされ、現在、全国の学校で使っていただいています。


この探究PLを制作するにあたり、最初から最後まで熱い思いを注いでくださった山下さん


ユニークな活用事例から見る『探究PL』の可能性

教育現場で『探究PL』を使っていただくためには、「そもそもパターン・ランゲージとは」ということから説明し、『探究PL』の効用を伝える必要があります。ただ、テキストベースでは限界がありますので、具体的な事例を作っていくために、いくつかの高校でモニター的に『探究PL』を使っていただきました。結果的に、私たちが想定した以上に色々な使い方をしてくださり、ほぼすべての学校から「おもしろい」「役立った」という感想をいただいています。


探究PLを使ってみた学校からいただいた感想に、手応えと喜びを感じています。


集まった活用事例のうち、3校について紹介させていただきます。
一例目は、スタンダードな使い方をしたK高校の事例です。探究学習が開始した5月と、中間発表が終わった10月の2回、チェックシート(パターンの一覧表)を使って、自分がどれくらい実践できたか、自己評価をしてもらいました。その結果を当社でレーダーチャートにしたことで、個人、グループ、学年単位でそれぞれの傾向を把握できたほか、ビフォーアフターの変化を確認することもできました。


K高校の事例:レーダーチャート化することで、ビフォーアフターが可視化することができます。


ある生徒の例では、アウトプットだけを見ると「レベルが高い」と評価できるのですが、自己評価では、アフターで実践していたパターンのチェック数は、ビフォーよりも減少していました。先生に理由を聞いてみると、「実験で失敗があった」「伝わる資料を作れなかった」など、「当初思ったほど、うまくできなかった」という悔しい気持ちが反映されていることがわかりました。このように、『探究PL』を使うと、アウトプットからだけでは見えない、生徒の試行錯誤の過程も見えますし、生徒と先生の対話ツールとしても有効だということが確認できました。


K高校の事例:A君のアフターのレーダーチャートはビフォーより実践しているパターンが減っていました。そこには「悔しい」気持ちが表れています。


2例目のY高校では、先生が『探究PL』から各プロセスに大事なカードを選んで、各プロセスにおけるチェックの観点として使いました。たとえば、課題設定のプロセスでは、探検PLカードの《未知かどうか》《無理がないか》《何の役に立つか》を使ってチェック。一つでも“NO”があれば、課題を再検討することで、探究学習をより発見的に進めていくという使い方です。
 
最後のI高校の事例も、私たちが想定していなかった内容でした。探究学習を始める前のオリエンテーションで、生徒一人ひとりが、プロセスごとに、ピンとくるカードを一枚ずつ選びます。それを生徒同士で共有すると、「探究学習に対して、一人ひとり全く違うイメージを持っているね」ということがわかります。それぞれの考え方の違いを理解した上で、「探究学習には唯一の手法も正解もないから、自分のスタイルでやっていけばいい」ということを伝えたそうです。

そのほか、S高校の先生からは、「学校目標として設定する『資質・能力』については、それぞれの先生の考えがあるため、決定が難しい。そんなとき、探究学習の第一歩として、『探究プロセスを回す力を身につけること』を目標にしたらいいのではないか。その際、『探究PL』で振り返りができることは、とても効果的だ」という嬉しい感想をいただきました。

『探究PL』が、探究学習のスタンダードになれば嬉しい

探究PLの制作は、通常のパターン・ランゲージと同様に、インタビュー、クラスタリング、構造化、シンボライジングの順で進めました。インタビューでは、探究学習の実績がある高校の生徒に、「どの視点を大事にしたか」など、探究学習のコツをヒアリング。集めたパターンの種は800以上にもなり、これらを根気強くクラスタリングしていき、最終的には40のパターンができました。その後、それらを理解しやすいようにパターン全体の構造をつくっていくのですが、『探究PL』が『探究ナビ』の付属品として販売されることが途中で決まったため、『探究ナビ』がベースとしている探究学習のプロセスに合わせて、構造を組みかえることにしました。非常に大変な作業でしたが、インタビューを丁寧にしていたことも功を奏して、最後はうまく収まり、「良いものができた」と納得しています。

発行初年度にも関わらず、『探究PL』は、先生方に、期待以上に多様な使い方を試していただき、上述のような良い事例もたくさんでてきました。

一方で、「探究学習でどのレベルまでを目指すのか」については学内でも温度差があるのが現状です。その温度差を解消するためにも、『探究PL』は意味があると考えています。『探究PL』を使うと、生徒一人ひとりの思考プロセスと変化を確認できますから、はじめは探究学習にあまり乗り気でなかった先生も「おもしろい」と感じてくださいます。先生は生徒の成長が見られるのが嬉しいですからね。そのほか、『探究PL』を教師間のコミュニケーションツールとして使うと、先生同士の会話も盛り上がりますし、使い続けていただくことで、探究学習の進め方に自信も高まっていくのではないかと考えています。

先行実施の初年度は、授業を回すことに一生懸命で、振り返りまで手が回らなかった学校が多いかもしれません。今後、探究学習を進める上で、振り返りの大切さを実感してくだされば、さらに活用の幅が広がっていくと思います。将来的に、『探究PL』が探究の振り返りのスタンダードになれば嬉しいですし、そういうポテンシャルが『探究PL』にはあると感じています。

当社としては、いずれはオンライン・コミュニティなど、学外でも先生同士が結果を共有し、対話できる場を作ることも検討中です。パターン・ランゲージの価値は、うまくできている人が、その理由やコツを、ほかの人に渡せることだと思っています。学校の枠を超えて、探究学習をより充実させていくために、『探究PL』は貢献できるのではないでしょうか。


山下さんにとって、パターン・ランゲージとは「体験・経験をつなぐ言葉」



逆瀬川さんの考える「探究PL」は、「生徒の思考錯誤を可視化してくれるツール」


(取材・執筆 鯰美紀)