河合塾では、クリエイティブシフトと共同で、進路を考えるためのヒントを27のことばでまとめた『未来の自分をつくる場所:進路を考えるためのパターン・ランゲージ』(略称:ミラパタ)の冊子とカードを開発しました。開発に携わった教育情報部・調査企画チームの久保智子さんと三浦健太郎さんに、ミラパタ制作に込められた想い、高校生のワークショップ等で活用などについて、うかがいました。

進路や職業選択を考えるヒントに

河合塾の教育情報部では、高校の先生向けの進路指導情報誌『ガイドライン』を発行しています。以前より、様々なご縁でパターン・ランゲージを知る機会があり、「進路選びにパターン・ランゲージが活用できるのでは」と、クリエイティブシフトと共同で『ミラパタ』の制作に取り組み、2017年5月に完成させました。


「未来の自分をつくる場所 -進路を考えるためのパターン・ランゲージ-」
(ブックレット&カード)


河合塾では、チューターと呼ばれるスタッフが高校生や大学受験生の進路指導を行っていますが、近年、若手のチューターが増え、ベテランのチューターが行っていたような進路指導を行うことが難しい状況が生じています。研修の充実・OJTを通じて若手のチューターでも適切な進路指導が行えるようにしていますが、一方で、パターン・ランゲージを使えば、進路指導のコツやヒントを提供できるではないかと思ったのです。

河合塾では以前から、大学入試の難易度(偏差値)や入試科目に頼らない進路選択の方法を模索してきました。近年は、各大学がパンフレットやホームページで、教育・研究の内容や卒業後の進路のイメージ、キャンパスライフなど、多様な情報をわかりやすく公表しています。また、教育系企業や出版社等が、大学の特徴を多面的に比較できるデータを作成・公開するなど、高校生が大学について知ることができる情報は膨大になっています。しかし、情報が豊富であるがゆえに、何を見て検討したらよいのか迷う高校生もいます。

また、大学入試のために、1年生の秋に生徒に文理選択の希望を調査し、2年生で文理クラス分けをする高校もあります。しかし生徒によっては、それまでに将来やりたいことや大学で学びたいことを充分に考えておらず、「数学が苦手だから」など、なんとなく進路を決めてしまう生徒も少なくありません。ほかにも、実際の仕事の内容や自分の適性を十分理解しないまま、医師、薬剤師、看護師、公務員、教員といった職業に直結する学部学科を選んだり、「みんなが知っている大学だから」「憧れの先輩が通っているから」といった理由で進学先を選び、大学入学後にミスマッチを起こして苦労する生徒もいます。

さらに、「一回決めたら、変えてはいけない」と思い込んで、大学調べなどの過程で違和感を感じても、そのままその学部・学科に進学する生徒もみられます。私たちは、こうした状況を見てきて、「どうにかして、進路選択における多角的で軸となるようなポイントを伝えられないだろうか」と考えてきました。そんな時に、パターン・ランゲージに出会ったのです。


パターン・ランゲージを使って、進路指導のコツやヒントを提供していきたいと語る
河合塾の三浦健太郎さん


現役大学生の声をベースに、27のパターンを作成

作成にあたっては、大学生3人のグループ計8組にインタビューしました。対象となる大学生は、大学での専攻分野が偏らないように選別し、首都圏だけではなく全国各地から集まってもらいました。「後輩に伝えるとしたら、受験において学部を選ぶときに何が大切だと伝えますか。」という問いを取っかかりに、「どうして、その学部を目指したのか」「選ぶにあたってどんな行動をしたか」などを聞いていきました。

インタビュー対象として、大学入学後の今ではしっかりと自分や今後の進路を考えている人を選んだのですが、高校生時点での進路選びに関しては、そのきっかけや動機はかなり様々でした。医療系や教員養成系の学部に進んだ学生は、学部を選択することが職業選びに直結していることもあり、比較的学部・学科選びの時にしっかりと意思を持っている学生が多いようです。一方、卒業後の進路が幅広い学部を選んだ学生は、卒業後のイメージや、大学で学ぶ姿を想像できていなかったなどさまざまでした。「特にやりたいことはなかったので、同じ高校に志望者が多い大学を受験した」という学生もいました。しかし、そういった学生も、入学した後には、「がんばっている人が多い場所で自分を高めたかったので、最も希望者が多い研究室に入りました」「先輩、授業、バイトなどで新しいものに触れる中で自分の得意なことや行きたい道が見えてきました」など、入った先で自分を客観的に見て、積極的な選択をしていく姿が見えてきました。他には、「キャンパスがかっこよかったから」「医療ドラマの影響で医学部を選んだ」など、何気ないきっかけで自分の好みを掴みながら大学や学部を選択したという話も出てきました。彼らは、当時の直感と入学後の自分の感覚とが一致していると語ったのも興味深いですね。

「何となく理工系の大学に進学したが、入学後にこんなに勉強することになるとは思っておらず後悔した」「一度も見学していなかった大学を受験したら、入試当日にキャンパスや学生の雰囲気が『自分と合わない』と感じた」といった後悔も聞かれました。

このようにインタビューなどを通じてわかった進路指導を行う上でのヒントやコツを『ミラパタ』にまとめました。

『ミラパタ』を使用し、高校生向けワークショップを開催

『ミラパタ』は、河合塾にチューターとして入塾したスタッフへの指導に使っているほか、実験的な試みとして、高校生対象のワークショップでも使用しました。

2019年3月に実施したワークショップでは、複数の学校の高校生を集めて、夏に参加したオープンキャンパスの振り返りを行いました。オープンキャンパスについて、ただ「おもしろかった」ではなく、「どこがおもしろかったのか」「どんな意味があったのか」を確認してもらうことが目的でした。

最初に、「オープンキャンパスに参加した目的として、自分のスタンスに一番近いものは何か」を、《「好き」から考える》《憧れさがし》《社会へのつながり》《「いきいき」できそうか》《お試し感》《しっくり感》《高め合う仲間》の7つのパターン・ランゲージから選んでもらいました。次に、同じパターンを選んだ人でグループを作り、オープンキャンパスで見聞きしたこと、おもしろかったことなどの経験をシェアしてもらいました。その上で、後輩たちがオープンキャンパスに参加するときに見聞きしたり、参加前に調べたりすると良いと思う項目を挙げてもらいました。大学教員による模擬授業、キャンパスや在学生の雰囲気、自宅からの交通経路や通学時間、施設・設備などが挙がりました。最後に、オープンキャンパス参加前後に高校生が使えるワークシートを作ってもらったところ、自分の興味や関心をたくさん書き出す「自分掘り下げ系」や、見聞きした内容や調べたことを幅広く記入できる「網羅系」、記述欄は少なめでオープンキャンパスの内容をチェックリストで確認できる「チェックリスト型」など、グループごとに多様なワークシートが完成しました。また、「自分の興味関心を確認する」「キャンパスの雰囲気を知る」「大学で学ぶイメージをつける」など、自分たちにとってのオープンキャンパスの意味を改めて考え直すことができたようでした。生徒たちからは、「『ミラパタ』があったから、初対面でも質問しやすかった」「オープンキャンパスの参加目的には、色々あることがわかった」「情報の調べ方が見つかった」「自分が何を大事にしているのか、客観的に捉えられた」という感想がありました。


「オープンキャンパスの参加も、ミラパタがあることで、振り返ることがしやすく、それぞれが自分らしい発見をしていくことが可能になります。」


また、同年7月には、ある高校からご要望をいただき、オープンキャンパス参加を控えた1年生240名が一堂に会する場でワークショップを実施しました。ただ漠然とオープンキャンパスに参加しても、情報をうまく取れずに終わってしまう生徒もいます。ワークショップは、「こういう視点でオープンキャンパスに参加したい」というヒントを見つけてもらうためのワークを進行しました。

4、5名ずつのグループに分かれ、《好きから考える》《憧れさがし》《社会へのつながり》《いきいきできそうか》の4つのパターンを使って、「オープンキャンパスの際に、大学の先生や先輩に聞いてみたいこと」を書き出してもらいました。このワークは特に盛り上がり、約15分で、グループによっては50個ほどもアイデアが出てきました。

いずれのワークショップも、盛り上がったのは『ミラパタ』があったからこそ。ゲーム感覚で盛り上がれたのは、非常に良かったと思います。『ミラパタ』は各パターンに対応したイラストもかわいらしく、高校生にも馴染みやすかったのかもしれません。

現場の先生による『ミラパタ』の活用事例

約20名の高校の先生にも、モニター的に『ミラパタ』を使っていただきました。ある先生は、生徒たちにカードを配って、進路選択に関して、自分が実践したことのあるパターンを選び、生徒間で見せ合ってもらったところ、「友達はこんなことも考えていた」とと、刺激になり、モチベーションが高まったようだったとのことでした。

また、別の先生は、将来やりたいことや大学で学びたいことをあまり考えていない生徒と一対一で進路面談をするときに、机にカードを置き、イラストとパターンから、「びびっと来た」ものを選んでもらったそうです。そのカードによって、生徒が進路選択で大切にしたいポイントなどがわかり、会話のきっかけになったと話してくださいました。

このように、一度活用してくださった先生からは、「とても役立った」と言っていただいています。また、生徒たちは頭が柔らかいので、とにかくパターンに触れてもらってみると、意外と自由自在に使いこなしてくれるような感触をもっています。実際に、「進路相談の面談スペースにカードを置いていたら、生徒たちがカードを手に取り、どのように大学を選ぶのかなど、会話が盛り上がっていた」という報告もありました。

『ミラパタ』は選択肢を広げるためのもの

進路選択については、文系・理系を分けるときに初めて考えるなどではなく、本当は日頃から少しずつ考えることが大切です。『ミラパタ』はそのきっかけとして使ってもらえると思います。

当初、『ミラパタ』は高校や塾で使ってもらうことを考えていましたが、大学生の会社選び、社会人のキャリアの振り返りなど、いろいろな場面で使えると思います。実際に、大学からは、「入学後のオリエンテーションで使いたい」、企業からは、「新卒採用や入社後に、仕事に対する考え方を確認するワークに使いたい」などの要望もありました。

何かを選択する際、多くの人は様々な可能性や選択肢を考えて、その時の自分にとってベストな選択をすると思いますが、「一度決めたら、変えてはいけない」「これしかない」と思ってしまうことも少なくありません。でも、その必要はないと思っています。社会も変わるし、自分も成長するので、新しい可能性が生まれることもあります。うまくいかなかったり、「違う」と感じたりしたら、新しいことに挑戦しても良いのではないでしょうか。『ミラパタ』は選択肢を一つに絞るためのものではなく、多角的な考え方があることに気づき、選択肢を広げるためのものです。自分の思い通りにいかないときに、励みとなる言葉もあります。これから何かを選択する人、過去の自分の選択を振り返り、次の選択の参考にした人など、いろんな方に手に取っていただきたいですね 。


パターン・ランゲ―ジは私にとって「つよくて、ニューゲーム」。アイテムやレベルを所持した状態で新しいゲームがスタートできる。
ミラパタで手に入れるヒントにより、次のステージがもっとワクワクするのではないでしょうか。


(取材・執筆 鯰美紀)