企業でのパターン・ランゲージ活用事例をご紹介する本コーナーの第5弾は、まちづくりにつながるホテルやカフェ、オフィス等の事業企画・建築設計・店舗運営を一手に手がけるUDS株式会社(以下、UDS)の事例を紹介します。井庭とともに「Future Language Workshop」の実践や「Project Design Patterns」の作成に携わった中川社長にお話しをいただきました。本編では、創業者が大切にしてきた企画のコツをまとめた「Project Design Patterns」の必要性や活用について取り上げます。

事業規模の拡大と「創業の想いの伝承」を両立させたい

 UDSは、目黒にあるデザインホテル「CLASKA」やエデュテインメントの商業施設「キッザニア東京」など、様々な施設の企画・設計・運営を手がけている会社です。「コーポラティブハウス」という複数人で自由設計をしながらそれぞれの想いを叶える住まいをつくる、という事業から始まりました。自分たちが暮らす住まいについて、土地の取得から建物の設計、工事の発注などを、住む人たちが共同で進めていく、そのお手伝いをUDSが行うというスタイルです。これは、お客様同士が一緒に家をつくるわけですから、その過程ではいろいろなことが起こるのですね。ですから僕らは、ヒアリングをし、様々なニーズを合わせた上で、プロとして提案、交渉などを行うということを繰り返してきました。そんな背景があり、次第にUDSには、まずニーズをつかみ、それを捉えて形としていく、という考え方が染みつくようになりました。これは、「クライアントフォーカス」といって、UDSの基本の考え方になっています。
 ですから僕らは今も、設計者であれコーディネーターであれ、エンドユーザーの立場で考えることを大切にしています。言われなくたって、そこから考えようぜ、と身に染みついているのです。でも、その大切な価値観が身に染みついているのは、コーポラティブハウス時代からUDSにいた人たちがほとんどです。コーポラティブハウスをやめ、他の事業になった今も、当時からいたメンバーが担当する限りはUDSらしさが事業に継承されていきます。ですが、人が増えるにつれ、UDSの基本の考えが身に染みついていない世代が出てきます。では、彼らにUDSらしさをどう伝えたらいいのだろうか? それが、「Project Design Patterns」の作成を考え始めたきっかけでした。

「Project Design Patterns」の制作経緯を語るUDS 中川社長

「Project Design Patterns」の制作経緯を語るUDS 中川社長

創業期と今の事業の共通項を言語化し、今に活かす

 事業の中核となる思想を伝承する、という観点で見たとき、僕らはある課題を抱えています。それは、同じものを二度つくることはない、ということです。対象が施設ですから、まったく同じものをつくるということは、ないんですね。つまり、ある仕事でノウハウを培っても、後輩に同じ体験をさせられる機会がないのです。クリエイティブなことを事業とする会社の宿命ですね。
 だからこそ、創業の想いが一番こもっている「コーポラティブハウス」という自由設計のマンション事業でやってきたことを、抽象化して、社内で使える一般概念にしなければならないと思いました。コーポラティブハウスの時代で培ったものと、今、事業としている数々のプロジェクトに共通するものの接点を探って、それを体現する言葉を作らなければ、創業の想いの伝承性は高まらないのです。
 ただ、そんなことをやる時間も能力も僕らにはなかったので、プロジェクトで一緒になって一緒に仕事をする機会に少しずつ伝えればいいか、と思ってきていました。しかし、創業者の梶原は今年で50歳を迎えることから、早く次世代に伝えねば、と言うようになりました。僕もそれに同感で、喫緊の重要課題にすることにしたのです。
 ちょうどそのころ僕は、新しい事業を構想していました。コーポラティブハウスの考え方を使いながら、地方でのまちづくりをやっていこうというものです。その上で、コーポラティブハウス事業で得たノウハウを形にするには、パターン・ランゲージが絶対相性が良い、と昔から感じていた想いを再認識していました。個別の例から成功の共通パターンを見つけていくという点が、同じだからです。構想ができた頃には、まちづくりのヴィジョンを描くベースに、パターン・ランゲージはぴったりだ、絶対そうだ、という確信になっていました。それが転じて、創業時から大切にしてきたUDSの企画の理念をパターン・ランゲージで書く、ということを思い至ったのです。創業時のサービスとそもそも相性のよいパターン・ランゲージは、UDSの想いを書き出す手法としても相性がよいはず、と思えました。

創業者の考え方や行動をヒアリングし、みんなで使う言葉にする

そうして、井庭さんに梶原へのインタビューをしてもらい、でてきた「想い」を抽象化・分類し、「Project Design Patterns」ができました。ここには、創業者の梶原の行動や考え方が32個の「言葉」として収録されています。
例えば象徴的なものを挙げると、《自分なりの強み》という言葉があります。僕らは常々、自分の強みにフォーカスした仕事をするのが最も生産性が上がると考えていて、事業にもそれが表れているのですが、それは《自分なりの強み》という「言葉」になりました。UDSのビジネスの根幹である「コーポラティブハウス」も、その想いは強く、企画・設計・運営が一体となって、それぞれの力を出し合えるようにつくられてきていますので、《自分なりの強み》は、まさにUDSを表す言葉のひとつ。そういったものが、全部で32個あるわけです。
 梶原の想いを書いた「Project Design Patterns」ですが、梶原は企画者ですので、抽象化してみると「企画のコツ」といえるものとなっています。UDS内ではもちろんですが、他の企業、事業であっても、企画に携わっている方であれば、参考になるであろうものができたと思っています。

「Project Design Patterns」No27. 自分なりの強み

「Project Design Patterns」No27. 自分なりの強み

さらに、運営の企画力を上げるという目的も

 「Project Design Patterns」作成の主な目的は「創業の想いの伝承」です。つまり、創業者である梶原が、自分の経験・感覚を伝承し、クリエイターやイノベーターを育てる必要があったためです。
 ですが、実は僕の考えとしては、もう一つありました。それは、全国にある各ホテルなど、UDSのサービス運営拠点にいるメンバーに、企画に興味を持ってもらいたいというものです。というのも、日本の運営拠点や現場の課題の多くは、現場で考える能力が削がれてしまっているということにあるのです。行き過ぎたチェーンストア化とマニュアル化によって、現場は考えなくても動くようになっています。僕は、それを問題だと感じているのです。このままでは、本当に人工知能にとって変わられてしまいます。また、僕らのように、後発でブランド化もチェーン展開もしていないホテルやカフェが勝ち抜くためには、”企画力のある運営”が唯一の商機だと考えているのです。
 企画をしていない人が企画に興味を持つことで、変わるのです。UDSは企画・設計・運営をすべて自分たちで担うことで価値をつくってきていますが、それでも、現場では、「考えたことないので無理です」「指示通りに運営します」なんて声が出てくることもあるんですよね。では一般的な企画の本を読んで勉強してもらうかといっても、興味がなければ、身につけてもらうことができない。ところが、自分たちの企画の考え方がつまったパターン・ランゲージがあれば、これに全部UDSがつまっているから読んで実践しようよ、というスタンスでまずは向き合ってもらいやすい。
 「Project Design Patterns」は、そのためのツールでもあるのです。実際、読んでみると、言っていることは分かる、自分にもできそう、と感じられるのではないかと思います。井庭さんが紡いでくれた言葉とイメージしやすいイラストが相まって、ビジネス書のような難しさがないですから、実際に、現場の人とのコミュニケーションや実践支援で使えるものになったのではないでしょうか。

パターン・ランゲージの様々な活用イメージを語る中川社長

パターン・ランゲージの様々な活用イメージを語る中川社長

社内で日常的に使われる言葉にして、思考にインストールしていく

 「Project Design Patterns」ができた今、僕が実践しているのは、社内で会話に登場させ、徐々に社員の思考に染みこませていくことです。笑いが起きていいですよ。「とりあえず収支まで作らないと。これでは無理だから《仮組み把握》するんだよ。」「なるほど、《仮組み把握》ですね。」「ちゃんと《ダメ事例の研究》してきた?行く前に《予想とのギャップ》を考えないとね。」といった感じです。僕と梶原はワケもなくこれらの言葉を使えるんです。普段やっていたことだから。「Project Design Patterns」の言葉ができる前はうまく伝えられなかった思考が、言葉に乗せることで出せるんですね。
 さらに、このようなキャッチーで使いやすい言葉になったことで、若手のメンバーが相互にチェックするようにもなるのだと思います。また、パターンとして書かれると、比較的いろんな解釈の余地があるので、考える余地が残っているのも理想的ですね。僕がやってきた《ダメ事例の研究》を具体的に真似するのではなく、その人なりの《ダメ事例の研究》を生み出すことができますから。
社内で日常的に使っていくことで社員の思考の質がかなり変わってくると思っているので、これからの楽しみです。この先としては、「Project Design Patterns」のワークブックみたいなものがほしいですね。よく企画本がヒットしたら、ワークブックみたいなものが出るじゃないですか。「Project Design Patterns」も、思考にインストールするために、書き込めるようなものがほしいですね。きっとさらに若手にうまく活用されると思います。
 そして、僕にとっても「Project Design Patterns」の作成で良い影響がありました。相手に一番伝えたい本質的なことを、シンプルな言葉で伝えられるようになったんです。言葉は短ければ短いほど各々が自分で考える余地は広がるのですが、一般的な言葉では、短い言葉では伝えきれません。その点、パターン・ランゲージを使えば、短い言葉であっても、根っこの価値観はずれません。相手のためを思えば、最も良い伝え方だと思います。そういう意味では、自分が目指すのは、「Project Design Patterns」ですべてを語りきる経営者になることですね。

未来と絡めることで、パターン・ランゲージはさらに実務で活用できる

 パターン・ランゲージを実務家がさらに活用していくためには、企業の半歩先の未来に関与できるように使っていけるとよりよいと思っています。実社会はすべて過去と現在と未来がセットで動いていますからね。よく、未来ヴィジョンは、知っている過去の歴史の年数分だけ広がっていくと言われます。だから、江戸まで遡って詳しく調べている人は、きっと200年後くらいまで考えられる。そういう意味では、パターン・ランゲージで知っている過去の弓の引き代と、放った時の飛び代とは一致すると僕は思っています。つまり、20年前まで遡って、そこにたまった経験を結集させたパターン・ランゲージをつくれば、20年後のヴィジョンをつくるツールになるはずだと思うのです。
 また僕は、この「Project Design Patterns」は採用活動にも活用できると考えています。採用活動では、企業は、どうやって会社の特徴を分かりやすく伝えるかが鍵になります。「社員の1日」「社員の紹介」などで、いろんな先輩がいます、活躍できます、と伝えるのも悪くはないのですが、その前段階として、会社のノウハウと強み、これからどんなことをやろうとしているのかをもっと理解しやすくすることが必要だと思うのですよね。つまり、その企業の強みを体系的に分かってもらうということですが、これはまさにパターン・ランゲージが活用できるのではないか、と思うのです。
 たとえば、「Project Design Patterns」から5つの言葉を並べて、「UDSは20年間、特にこの5つに力を入れてきました」「うちの会社の強みはこの5つです」とすると、分かりやすく伝えられると思うんです。学生目線で見ても、イラストとセットになっていると目に入りやすく、こんな感じなのかな、と想像を楽しめる良さがあると思います。これらのパターンを見て、「この5つのパターンを使ってできそうなことを考えて下さい」といったワークもできそうですね。就職活動でその企業について考える余地があり、その考え方をもって合うか合わないかを決めた方が、企業と学生お互いにとって良い活動になると思っています。

 「Project Design Patterns」を作成することで、創業から築いてきた概念や価値観を社員の方々へ共有できるようになっただけでなく、経営側の伝達力もあがったとのこと。できて数ヵ月の「Project Design Patterns」、今後も、運営現場での企画力向上、採用活動への導入など、いろいろな使い方が広がっていきそうです。

 前編では、会社に内在していた事業の理念を言語化する効果について語っていただきましたが、後編では、もうひとつの大きな取り組みをご紹介します。UDSが手掛ける、フューチャー・ランゲージを使った数々のまちづくり。これまで行ったワークショップの紹介や、そこで生まれたFuture Wordをどう設計に活かしていったかについて語っていただきます。パターン・ランゲージとフューチャー・ランゲージの双方を使ってきたUDSだからこそ提案できる、両者を掛け合わせた新たな可能性についてもご注目ください!

なお、ただいまクリエイティブシフトでは、Project Design Patternsを使った企画研修を実施しています!
詳しくはコチラをご覧ください。