パターン・ランゲージの活用事例を紹介する本コーナー。第7弾は、企業における障害者雇用の促進を目的に、『障害者の活躍を生み出す働き方をつくるパターン・ランゲージ』を作成した川崎市の事例を取り上げます。中心的に尽力された川崎市健康福祉局障害保健福祉部障害者雇用・就労推進課担当係長(当時)の滝口さんと後任の平井さんに、パターン・ランゲージに着目した理由や、行政がパターン・ランゲージを活用することの可能性などについて、お話いただきました。

専門家と一般の人をつなぎ、企業の主体性を引き出すツールとして期待

私たちが担当しているのは、障害がある方の雇用・就労の推進です。企業が障害者を雇用するというのは、様々な観点において価値の高い施策ですが、まだそのように変わっていこうとしている過程にあり、現場ではとまどいや課題も生まれているのが現状です。そんな中で、様々な立場の方から相談を受けながら、よりよい雇用が行われていくようこの動きを推進していますが、この現場では、もっとジョブコーチや精神保健福祉士などの資格をもつ専門家と、雇用する企業や就労する障害者ご本人などの専門家以外の人が、共通認識をもって一緒に取り組む必要性があると感じていました。平成27年に、パターン・ランゲージという手法を用いて認知症患者への理解を深めることを目的に作られた『旅のことば:認知症とともによりよく生きるためのヒント』に出会ったとき、専門家の暗黙知を言語化するパターン・ランゲージなら、専門家と一般の人をつなぐツールになるのではないかと期待し着目しました。

 


パターン・ランゲージに着目し、強いリーダーシップで制作を進められた滝口さん。

パターン・ランゲージに着目し、強いリーダーシップで制作を進められた滝口さん。


また、障害者雇用に関しては、行政が企業に対して、「法律に基づいて一定数の障害者を雇用してください」という指導や助言を行い、企業側はどちらかといえば受け身の態勢というのが従来の関係でしたので、もっと企業側が主体的に取り組めるように環境を整える必要性を感じていました。その点、パターン・ランゲージは、具体的な行動を指導するマニュアルではなく、概念を提案する言語なので、各企業に主体的に考えてもらうためには最善の手法だとも感じました。
同時に、実は国の施策への投げかけの意味もありました。国は、障害者雇用促進の施策として、就労支援員に多額の税金を投入しています。障害者おひとりを雇用するのに、多額の税金が使われるように誘導しかねないシステムになっているのです。それも価値がありますが、長期的な視点でみると、支援員という専門家や税金による支援を頼らなくても、皆さんに障害者雇用への理解を深めていただき、積極的に促進していく力になってもらう方が有効だとも思いました。
とはいえ、当初は課内担当者に対しても、パターン・ランゲージを導入することの利点をうまく伝えきれず、課内での反応もよいとはいえませんでしたが、平成28年4月に「障害者雇用促進法」が改正され、すべての事業主に対して障害者への合理的配慮の提供が義務化されることになったことをきっかけに、改めてパターン・ランゲージの導入を提案し、課のメンバーで、パターン・ランゲージの研究発表を見に行くなどして理解を進めていきました。
そして試しに、自分が見聞きした経験をもとにして、障害者雇用がうまくいくためのパターンを15個ほど作成し、企業向けの研修で使ってみたんです。すると、参加企業から、「わかりやすい」、「他の社員にも伝えやすい」、などと好意的な反応がありました。改めて見ると、非常に稚拙なものではありましたが、それでも手ごたえを感じましたので、本格的にパターン・ランゲージの作成に取り組むことを決めました。

 

担当者が議論を重ね、4か月後にパターン・ランゲージが完成

パターン・ランゲージの作成は、障害者雇用の経験がある企業、雇用をサポートする支援者、企業で働く障害者など、約20名の方へのインタビューから始まりました。インタビューの中から、障害者雇用における成功のコツと思われるパターンの「種」を700個ほど拾い、性質が近いものでグループをつくりながら分類をしていきます。そして、いくつかの種をまとめたグループを、パターン・ランゲージとして抽象的な観点で言語化するのが一連の作業です。
インタビューで集めた約700個の「種」は、1つ1つが現場で培われてきた宝であり、なるべくすべてを拾い上げたいという気持ちで取り組みました。作成の過程では、自分たちの主観を入れず実践者の行動の本質を言語化すること、前向きな言語を使うこと、読んだ人がイメージしやすいものにすること、具体的なマニュアルにならないように抽象度を保つこと、指示口調を使わないこと、発見的要素を盛り込むことなどを意識しました。
作成担当者は5人のチームなのですが、それぞれに経験してきたことが異なるため、意見をすり合わせていく作業は大変でした。ですが、日々議論を重ね、着手から約4か月間後に、30個のパターンからなるパターン・ランゲージを完成させることができました。平成28年3月末に、『障害者の活躍を生み出す働き方をつくるパターン・ランゲージ』として公表しましたが、今後改善の余地があるという意味を込めて、「バージョン0.90」としています。
作成のステップの中では、関係者が感覚的に抱いていた概念を、言語として再確認することができましたし、雇用する立場である企業と、雇用される障害者が、立場が違っても同じようなことを感じていたのだという発見もありました。比較的経験の浅い私にとっては、まさに研修のようなものでした。これをつくる過程で、いろいろな知識をもった人と夜な夜な議論することで、障害者雇用について理解を深め、多くを学ぶことができました。

 

企業と障害者という当人たちが話し合い、よりよい活躍をつくるツールに。

いま、川崎市では、『障害者の活躍を生み出す働き方をつくるパターン・ランゲージ』を、企業向け障害者雇用に関するセミナーの中で活用しています。従来のセミナーは、成功事例をもつ企業担当者に講演してもらうケースが多かったのですが、参加企業はどうしても受け身になってしまい、「理想的なよい話ではあるけれど、自社では取り入れられない」ということにもなりがちでした。一方、パターン・ランゲージは、いかなる規模や業務形態の企業にも通用する普遍的な概念が言語化されたものなので、各企業において具体的な行為につなげやすく、参加企業からも「斬新な手法だ」と好評です。また、聞くだけではなく、参加者が話し合いながら進めるセミナーにできるので、以前に比べると、とても主体的な参加を引き出すセミナーにできているという手ごたえがあります。

 

現在の活用推進をされている平井さん

現在の活用推進をされている平井さん



 

各企業内では、企業の人事担当者に障害者を雇いたいという意向があっても、受け入れる現場からはとまどいの声が上がるなど、組織内での意識のずれが問題になることがあります。当市が作成したパターン・ランゲージは、このずれを解消するために活用されることも期待できます。今後、多くの方にセミナーに参加し、使っていただいて、どうすれば障害者を雇用し、職場で戦力化していけるのか、また障害者ご本人も、どうすればもっと活躍でき、いきいきと仕事ができるのかということを前向きに考えるツールとして使ってほしいですね。
また、一般的に福祉問題はデリケートな分野だという意識があり、踏み込んで話すことをタブー視されがちですが、パターン・ランゲージがあると、当事者たちが語るべき問題を話し合いやすくなるとも思っています。実際、雇用側の担当者と障害者がお二人でこのパターン・ランゲージを見て、共通言語にしながら話し合っているというケースも出てきていますので、これは、企業と障害者が一緒に課題を解決していくためのコミュニケーション・ツールになれるのではないかと思っています。
今回作成した『障害者の活躍を生み出す働き方をつくるパターン・ランゲージ』は、川崎市のホームページからダウンロードできるほか、障害者雇用に関する学会や、企業向け研修、ハローワークの関係者などに冊子を配布しています。企業からは、「言語化してあるので、わかりやすい」、「問題が生じた際、教科書的に参照している」などの感想をいただいています。
他の市区町村や全国の企業で使っていただくことももちろん歓迎なのですが、私たち担当者の正直な気持ちとしては、冊子を取り寄せ、配って安心するのではなく、できれば当市主催の障害者雇用セミナーなどに参加していただき、パターン・ランゲージの効果的な使い方を理解した上で、活用していただきたいですね。

 

人事担当だけでなく、企業全体で障害者雇用の理解を深めるために

今後は、企業の人事担当者に『障害者の活躍を生み出す働き方をつくるパターン・ランゲージ』に関心を寄せてもらうだけでなく、積極的に雇用していこうという意識を他の社員にももってもらうこと、さらには、障害者雇用への関心が低い企業にも、認知を広げていくことが課題となります。
そのためには、今回のパターン・ランゲージを参考にしてくださった企業のその後のことも伺い、障害者雇用の促進を実現させた成功例が出てきたら、他の企業にも伝えられるようにしたいですね。またもちろん、パターン・ランゲージ自体もより伝わるものにバージョンアップしていきたいです。すでにいくつか改善すべき点、追加すべきパターンが見えてきていますので、来年度に向けて改善していきたいと思っています。

今後について語る滝口さん、平井さん

今後について語る滝口さん、平井さん

 

今回は「企業」のコツ、「本人」(障害者)のコツと、ふたつの視点を分けて作りました。現状の社会では、その方が理解してもらいやすいのでそうなるのは当然なのですが、将来的には、この二者の視点が融合されることが望ましいと考えています。というのも、誰しも「本人」(障害者)になることは他人ごとではないし、障害がある方が「企業」側となり、障害者を受け入れる立場になることもありえます。誰もが、どちらの側にもなる可能性がある、つまり自分事なのだということを想像できるようなツールになる可能性があるのではないかと思っています。

障害者雇用に限定せず、様々な応用の可能性を秘めている

今回の「障害者雇用をよりよくする」というテーマだけでなく、他の分野でもパターン・ランゲージを応用できる可能性があると思っています。たとえば、児童相談所や保育園、学校などでも応用できる可能性があるのではないでしょうか。経験の浅い職員でも、児童用のパターン・ランゲージがあれば、子どもの状況からその背景を想像する際などのヒントを得ることができるかもしれません。「障害者の活躍をうみだす働き方をつくるパターン・ランゲージ」のなかに、「ウェルカムサイン」というパターンがあるんです。チームの一員として共に働いていこうという気持ちを「ウェルカムサイン」として自然に表現するようにすれば、「居場所ができ、一緒にやっていく雰囲気ができるよ」というものです。
私は、パターン・ランゲージは何かと言われたら、それそのものが「ウェルカムサイン」となるものだと思っています。パターン・ランゲージがあることで、「みんなで一緒にやっていこうよ」という雰囲気を生み出すことができます。誰もが当事者として関われる、そこが魅力ですね。

パターン・ランゲージは、一緒にやろう!という「ウェルカムサイン」。平井係長

パターン・ランゲージは、一緒にやろう!という「ウェルカムサイン」。平井係長

 


「パターン・ランゲージがあれば、主体性が引き出され、対話が生まれる」滝口係長

「パターン・ランゲージがあれば、主体性が引き出され、対話が生まれる」滝口係長


 

私たち川崎市は、日本の人口の100分の1ほどのサイズ。コンパクトシティというか、いろいろなことを試すのにちょうどよいサイズだと思っています。位置的にも、東京・横浜という大都市に囲まれていますしね。私は、パターン・ランゲージの閉鎖的じゃないところが気に入っているので、行政と市民が対話しながら川崎市の個性をつくり、市民に愛される町にしていきたいですね。

(取材・執筆 鯰美紀)