パターン・ランゲージの活用事例を紹介する本コーナー、第8弾はICTをコアとした「トータルサービス」を提供する株式会社富士通エフサスの事例を取り上げます。顧客のワークスタイルに合わせたICTとオフィス空間をデザインする同社では、ビジネス企画推進本部の加藤直樹さんの発案で、『いきいきとしたオフィスづくりのためのパターン・ランゲージ』を制作しました。
 

オフィスづくりは、ビジョン・ファーストであるべき

当社では、2013年より、「ICTの効果的な利活用」と「快適なオフィス空間のデザイン」を融合し、新しいワークスタイルを実現することをコンセプトとした、「オフィスまるごとイノベーション」を提供しており、私自身は2年程前から担当しています。オフィスづくりやワークスタイル変革というと、ICTや什器のベンダーからするとどうしてもシステムやプロダクトなどの自社商材に結び付けて考えてしまいますが、本来は、先に「どのようなワークスタイルにしたいのか」というビジョンを策定し、それを実現する手段としてシステムやプロダクトを検討するのが理想的です。つまりビジョン・ファーストであるべきだと思っています。

ところが、オフィスリニューアルの案件で、顧客の担当者の方々から私たち設計者側に伝わってくるのは、「会議室が何室必要で、椅子が何席必要で…」といった定量的なデータがほとんどです。オフィスの設計者が、オフィスで働いている社員の方々のナマの声を聞かせていただける機会はほとんどありません。「社員がどんな働き方をしているのか」、「どんなオフィスを理想としているのか」、深く理解しないままデザインを進めることにジレンマを感じていました。
例えば、「フリーアドレスを導入したけど結局座席が固定化してしまっている」「リフレッシュエリアを作ったけど利用率が低い」といった事例はよく聞きます。社員の要望をくみ取れていなかったり、社風や企業文化を反映できなかったのですね。働く人=使い手からすると、現実と乖離した空間ができてしまったのです。

当社ではそうした乖離を解消し、利用者のリアルな要望を汲み取るために、オフィスづくりの初期段階でのアンケートやヒアリングを重視しているほか、オフィス移転やリニューアルに向けて、社員の方々にビジョンや要望を議論してもらうワークショップを開催し、直接意見を吸い上げる機会を設けてきました。ただ、現状の不満や課題は具体的に言語化することは出来ても、オフィスのあるべき姿をイメージしてそれを言語化してもらうことは難しく、オフィスデザインに直結する要望やアイデアはうまく抽出できていないと感じていました。こちらから優れたオフィスの事例を紹介しても、「自分たちの組織には当てはまらない」、「文化的に馴染まない」、「広いオフィスだからできることだ」とバイアスをかけられ、表面的にとらえられてしまうという課題も感じていました。

そこで行き着いた答えが、パターン・ランゲージの活用です。パターン・ランゲージは優れたオフィス作りの秘訣が抽象化され、分かりやすく言語化できるので、こうしたバイアスを取り払うことができるのではないかと考えたのです。また、世の中で「優れたオフィス」と言われているものに共通する構成をパターン化することで、デザインにも反映しやすくなるのでは、という期待もありました。

パターン・ランゲージによって、作り手と使い手の「共創」が実現する

パターン・ランゲージの制作にあたっては、オフィスを研究されている大学の先生とその研究室の学生の皆さん、そしてクリエイティブシフトさんの力をお借りしました。アイデアの種を構造化し、31のパターンにまとめる過程では、私自身、「ここまで抽象化するのか」という驚きや、「この2つの事例の本質が実は同じだったのか」といった気付きがありました。例えば「仕事のライブ感」というパターンがあります。仕事の成果というのは営業職などの最前線にいる人たちは分かりやすいのですが、それは営業職の人だけのがんばりだけでなく、例えば総務や経理といったコーポレート部門の人たちの支援があって成立するものです。コーポレート部門の人たちにも現場の成功の喜び(時には失敗の悔しさ)がリアルに伝われば、会社全体のチームワーク、マインドの醸成に繋がるということを示すパターンです。これなどは私がそれまで意識していなかった優れたオフィスの要素ですし、その他にも発見や驚きが多かったですね。


制作したパターン・ランゲージを振り返る加藤さん。

制作したパターン・ランゲージを振り返る加藤さん。

パターン・ランゲージは4ヵ月ほどで完成し、まずは社内で実践してみようと、当社の九州支社のオフィスリニューアルに向けたワークショップで使ってみました。参加者を6名のグループで4つに分け、パターン・ランゲージのカードを並べます。各自でオフィスに取り入れたいパターンを選んでもらって、「なぜそれを選んだのか」、「どういう形で取り入れたいのか」、「取り入れるための制約や懸念事項は何なのか」を掘り下げてもらいます。最終的には1グループ5枚に絞ってもらいました。

カードに書かれた優れたオフィスの要素には、それを端的に表している名前とイラストがついているので、内容を直感的に理解してもらえるのが良かったと思います。また、使い手自らが取り入れたいパターンを選び、新しいオフィスへの思いや期待を語ることで、クリエイティブな議論が実現し、ワークショップの場が活性化されました。参加者からは想像以上に具体的な要望やアイデアが出ましたし、今までのワークショップに比べ、設計への反映のしやすさという部分で特に大きな成果を感じています。パターン・ランゲージを活用することで、作り手と使い手が一緒にオフィスを作り上げていく「共創」の第一歩が踏み出せたと感じています。

 

社員の要望が明確になり、オフィスづくりの優先順位が決まる

パターン・ランゲージの活用で社員の要望が明確になると、オフィスづくりを進める際の「優先順位の決定」が格段に楽になります。たとえば、前述の九州支社の場合は、「リフレッシュのすすめ」というパターンを選んだ社員が多く、質の良いリフレッシュが心おきなく取れる環境が必要とされているということがわかりました。さらに掘り下げていくと、「リフレッシュ空間はパーティションで仕切って欲しい」「ミーティングにも使いたい」などの具体的な意見も出てきました。オフィスづくりのスペースと予算は限られていますので、レイアウトを検討する段階で、「リフレッシュスペースを削ろう」という判断が下されることは多いのですが、今回は、社員からの要望が強いために、優先順位が下がることはなく、さらに、「パーティションで仕切ったり、ミーティングなどフレキシブルに使える空間となると、この場所しかない」というように、レイアウトも固めやすかったですね。

今回のケースでは、私は自らデザインするのではなく、社員のみなさんの意見を集約して、協力していただく社外のデザイナーに要件を伝える立場にあるのですが、パターン・ランゲージの使用によって、デザイナーへの伝え方の型もでき、本質的で具体的な要件を伝えやすくなったと感じています。


パターン・ランゲージは、「つくり手と使い手をつなぐコミュニケーションツール」です。

パターン・ランゲージは、「つくり手と使い手をつなぐコミュニケーションツール」です

 

パターン・ランゲージは、ワークスタイル変革にも活用できる

オフィスづくりのプロセスにワークショップを導入するケースは最近かなり増えてきており、他社でも行っていると思いますが、パターン・ランゲージの手法を取り入れたのが当社のワークショップの特徴だと思います。
このパターン・ランゲージは、空間やICTといった具体的なモノでなく、働き方についての「意識改革」を促す要素が書かれているのがポイントです。ワークショップを通じて、このパターン・ランゲージを社員が使うことにより、ワークスタイルに対する意識改革にもつながるということを期待しています。

また、オフィス移転やリニューアルの場合は経営層の方々とお話しする機会も多いのですが、経営層の方々は働き方改革への意識や関心も高いので、パターン・ランゲージを取り入れることで、組織としてワークスタイル変革を促進する起爆剤となるかもしれません。経営者の目指すパターンと社員が求めるパターンが合致すれば、双方の求めるオフィスができますし、また噛み合わない場合であっても、組織をより良くしていく上での大切な対話の機会になると思います。

技術の進歩や社会的背景などによりワークスタイルを取り巻く環境は多様化しており、働く場所はオフィスの外へも広がっていくでしょう。それに従って「オフィスでなければできないこと」が減っていき、オフィスに求められる機能も変化していくと考えられます。今回制作したパターン・ランゲージも、オフィスという枠にとらわれずに、より広い概念としての働く場所を意味する「ワークプレイス」を意識して、英語名を”Co-Creation Patterns for Work Place”としています。

今回作ったパターン・ランゲージの本質的な要素は、今後も変わることはないと思いますが、ワークプレイスに関する考え方や技術は日進月歩です。パターンが陳腐化することがないよう、最新のオフィス事例の要素を取り込みながら、更新したり増やしていくなど、引き続きバージョンアップに励みたいと思います。

 

パターン・ランゲージのさらなる可能性

今回制作したパターン・ランゲージ”Co-Creation Patterns for Work Place”は、必ずしもオフィス移転・リニューアルに限らず、組織の意識改革や業務改善、個人個人の働き方の見直しといった場面にも活用できるのではないかと考えています。
また、実際に使ってみて、ワークプレイス以外の施設にも応用できると感じています。当社は学校様へのICT導入のお手伝いもしていますが、教育の現場ではアクティブ・ラーニングをはじめとした教育改革のニーズが非常に増えています。しかし、授業のあり方や意識を変えることなく、ツールだけを導入しても、本質的な改革にはなりません。まずは、「どんな授業をデザインしたいのか」という目標を定めることが重要です。そこで、教育改革に成功されている学校の先生方に協力してもらい、新しい授業スタイルに関するパターン・ランゲージをつくり、これから教育改革に取り組もうとしている学校の先生や保護者、さらには生徒たちと、パターン・ランゲージを使ったワークショップを行えば、より効果的で楽しい授業がデザインできるのではないでしょうか。それを踏まえて、その学校にはどんなツールが必要で、空間はどうあるべきか、といったご提案ができれば、当社のビジネスにとっても理想的だと思います。

さらに、業界や役割、立場の違う人々の共通言語としても、パターン・ランゲージが有効だと感じています。たとえば、地方創生に関する取り組みでは、自治体の職員や住民、地場の企業や商店などが協働する際にも、ビジョンの共有が可能になると思うのです。


大型タッチディスプレイとタブレットを使い、デジタルなワークショップも導入しています

大型タッチディスプレイとタブレットを使い、デジタルなワークショップも導入しています。

 

実は当社では、パターン・ランゲージを使ったワークショップに、デジタルツールを導入する試みも始めています。当社の強みであるICTを活用することで、より効果的・効率的に進めることができます。今後も試行錯誤しながら、パターン・ランゲージの可能性を広げていきたいと思っています。

(取材・執筆 鯰美紀)