【パターン・ランゲージ活用事例Vol.9】川崎市「パターン・ランゲージを取り入れた『認知症アクションガイドブック(川崎市認知症ケアパス)』」


パターン・ランゲージの活用事例を紹介する本コーナー、第9弾は川崎市の『認知症アクションガイドブック』です。このガイドブックは、認知症ケアパスにパターン・ランゲージ『旅のことば』を取り入れたユニークな事例として注目を集めています。パターン・ランゲージに着目し、『認知症アクションガイドブック』の作成に尽力された川崎市健康福祉局地域包括ケア推進室担当係長(当時)の角野さんと、後任の奉養さんに、お話していただきました。

アクションにつなげるケアパスをめざして。

認知症の方は、2025年には日本全国で700万人を越えるとみられています。これを受けて、厚生労働省は2012年に「オレンジプラン(認知症施策推進5か年計画)」を打ち出しました。オレンジプランには7つの柱があり、そのひとつに、「標準的な認知症ケアパスの作成・普及」が掲げられています。認知症ケアパスとは、認知症の人が、症状の進行状況にあわせて、いつ、どこで、どのような医療・介護サービスを受ければよいのか、医療や介護のサービスの標準的な流れを示したもので、自治体ごとに作成するものです。
私が認知症施策の担当に着任した2013年には、川崎市は、まだケアパスの作成に着手していませんでした。参考までに、ほかの自治体のケアパスを入手してみたところ、認知症に関連する医療機関や施設のリストは掲載されているものの、「認知症の診断を受けた本人が、このケアパスを見て、アクションを起こせるだろうか」という疑問を感じました。せっかくなら、「行動につながるケアパスが作りたい」と思ったのです。


【前向きな行動につながるケアパス「川崎市認知症アクションガイドブック」の企画・制作をされた角野さん】

前向きな行動につながるケアパス「川崎市認知症アクションガイドブック」の企画・制作をされた角野さん

 

最初に参考にしたのが、育児雑誌です。育児と介護は、「新しい旅の始まり」という点では同じですし、当事者の数も数百万人と似たような規模です。しかし、育児は「前向きで楽しい旅」のイメージがありますが、認知症に関しては、「早期診断・早期絶望」ともいわれるように、本人にとっても家族にとっても、「不安な旅」になってしまうのです。「何が違うのだろう」と考え、大きな違いは、知識の共有、つまり情報の質や量だということに気が付きました。育児は、ママ友や近所の人、自分の両親など、周りに知識を持った人がたくさんいて、いわば、知識の宝庫です。育児書にも、写真や楽しい気分になれる情報があふれています。一方、認知症は、本人同士や介護者同士がつながる機会は、育児ほど多くありません。それぞれがバラバラに悩みながら工夫し、そこで生み出された知恵が誰かと共有されることは少ないので、前向きな気持ちになれる情報もほとんどありません。

そこで思い出したのが、以前、職場の先輩に、認知症業界で話題になっている本として勧められた『旅のことば:認知症とともによりよく生きるためのヒント』(丸善出版)でした。『旅のことば』には、認知症と診断された後も、いきいきと暮らしている方の体験が40個のパターン・ランゲージ(ことば)として表現されています。認知症に関する知恵の宝庫であり、認知症と診断されたときから始まる「新しい旅」の一歩を、勇気をもって踏み出すことを後押しする力があると感じました。
この『旅のことば』と併せて私が参考にしたのが、東京都の防災ブック『東京防災』です。これは、「災害でこういう状況のときは、こう行動しましょう」と具体的にとるべき行動をわかりやすく示してあります。


【行動したくなる気持ちを引き出し、実際にできる情報を届ける構成にこだわってつくっています】

行動したくなる気持ちを引き出し、実際にできる情報を届ける構成にこだわってつくっています

 

『旅のことば』と『東京防災』、このふたつの要素を組み合わせれば、認知症と診断された本人や家族の気持ちが動き、川崎市のどこに行き、何をすればいいのか、具体的なアクションにつなげることができると感じたのです。

住民みんなが、それぞれの立場でアクションを起こすきっかけに。

前述のように、『認知症アクションガイドブック』の制作における一つ目の、そして最大のこだわりは、認知症と診断された本人に、まずは「最初の一歩を踏み出そう」という気持ちになってもらうことでした。
二つ目のこだわりは、現場の声を反映させること。医師や地域包括支援センターの職員、認知症カフェや関連サービスを運営している方など、実際に市内で活躍している関係者にインタビューをし、その声を届けることで、説得力をもたせたかったのです。
そして、三つ目のこだわりが、本人をターゲットにすることでした。私が長年携わってきた障害者福祉の分野では、30年以上前から、障害者自身が社会に対して声を上げてきました。それに比べて、認知症の分野では、本人の視点がまだまだ弱いという印象を受けています。認知症と診断されて一番不安なのは本人ですので、『認知症アクションガイドブック』では、本人の視点にこだわり、認知症と診断された本人に読んでほしい内容に絞りました。当然、本人が読んで不快な言葉は極力使いたくありませんでしたので、たとえば、「徘徊」などという言葉は使っていません。人が動くのは、説得されたときよりも、納得したり腑に落ちたりしたときなので、パターン・ランゲージにその役割を担ってもらいました。


【認知症アクションガイドブックでは、「旅のことば」をアレンジして使用している】

認知症アクションガイドブックでは、「旅のことば」をアレンジして使用している

 

以上のようなこだわりを大事に、制作作業は、『旅のことば』から、私たちがどうしても伝えたいパターンを選ぶところからスタートしました。結果的に、「旅への一歩」「よい先輩との出会い」「なじみの居場所」「今を楽しむ」の4つが選ばれました。そして、関係者へのインタビューでいただいたメッセージを、この4つに分類して第1章におさめました。第2章では、受診や相談などの具体的なアクションにつながるような情報を掲載し、第3章は、本人だけではなく、街全体のアクションにつながるようなことを載せました。従来のケアパスに相当する部分は別冊とし、ニーズに応じた相談窓口やサービスなど、具体的なリストを紹介しています。
パターン・ランゲージの長所は、具体的なことをあえて抽象化して、読んだ人が自分なりに解釈してアクションを起こせるところです。「このガイドブックを読んだ本人はもちろん、支援者、関係者など市民の皆さんが、それぞれの立場でアクションを起こすきっかけになればいい」、そういう思いを込めて、副題を「ともに生きる未来をつくる」としました。

認知症と診断されたすべての方に『認知症アクションガイドブック』を届けたい。

完成した『認知症アクションガイドブック』は、周囲の反応もよく、インタビューをさせていただいた医師からも、「従来のケアパスとは違っていいですね」とほめていただきました。認知症の本人や家族からも、「これでようやくどのように行動すればいいのか迷わなくてすむ」、「何を示しているのかわかりやすい」、「なじみやすい」と言っていただけたので、嬉しかったですね。表紙のかわいいイラストも目を引くようです。


【今後について語る、現担当の奉養さん】

今後について語る、現担当の奉養さん


 

ユニークなスタイルのケアパスだということで、新聞社の取材も何件か受けました。最初は1000部印刷し、医師会の会員や区役所、地域包括支援センターなどに配布しましたが、新聞に掲載されたことをきっかけに、他の市町村や企業、個人から何十件もお問い合わせいただきました。冊子のデータは川崎市のホームページからダウンロードできますが、やはり冊子の希望が多く、現在、急いで増刷の準備を進めているところです。今後も、より多くのご本人、ご家族の手元に届けられればいいなと思っています。いずれは、認知症と診断した方に、医師がその場で渡す、というスタイルになればいいですね。
ケアパスの本来の目的は、「早期診断・早期絶望」を、「早期診断・早期対応」に変えることだと思っています。『認知症アクションガイドブック』が、早期対応へのアクションにつながり、認知症の方が自分らしい旅への一歩を踏み出すきっかけになれば嬉しいです。

次の課題は、本人の声をもっと反映すること。

もちろん、反省点もありますし、課題もいくつか残っています。今回、医療・介護関係者や支援者のインタビューはできましたが、本人目線のケアパスを目指していたにもかかわらず、本人の声は、書籍や講演内容からの抜粋にとどまっています。『旅のことば』は、世界中の誰が読んでも腑に落ちるパターン・ランゲージですが、『アクションガイドブック』は、より川崎市らしいケアパスにしていきたいので、本人が川崎市で体験したことをエッセンスとして抜き出し、反映できるといいですね。
また、認知症の方は、文字を読むのが大変だということで、文字サイズは大きくしたのですが、文字が多すぎたというのが反省点です。参考とした育児書のように、写真やイラストを多くして、読みやすくしてもよかったと思います。
今後、より広く必要な方の手に渡るよう、オンラインや本屋、コンビニで販売するのも一案だと思っています。そんなことも考え、『認知症アクションガイドブック』は、『旅のことば』の横に並べて置いてもらえるように、サイズを同じにしてあります。


【「『旅のことば』と並べておけるように、同じサイズにしたんです」】

「『旅のことば』と並べておけるように、同じサイズにしたんです」

 

可能性が広がるパターン・ランゲージ

パターン・ランゲージの良いところは実際の体験からエッセンスを抜き出してパターン=構造化しているので、説得力があり、すっと頭に入ってきて納得できるところでしょうか。
研修などに使えば、具体的かつ効率的に伝えることができます。川崎市でも、職員向けの認知症サポーター講座で、『旅のことばカード』を使用しています。認知症に関する課題は、医療福祉だけのことではなく、まちづくりそのものの課題ですから、市役所の中で、関係がない部署はないと思っています。『旅のことばカード』を使うことで、自分の部署で何ができるのか、考えるきっかけになってくれたらいいですね。また、市民向けの講座でも『旅のことばカード』を使ったワークショップをしました。参加者からも、「カードがあることで話しやすかった」、「盛り上がった」という感想をいただいています。
福祉に11年間たずさわってきましたが、この業界におけるパターン・ランゲージの可能性はまだまだあると感じています。福祉の世界は、一部のスーパースター(専門家)に依存して、周囲にスキルや知識が広がりにくい傾向があります。暗黙知となっているスキルや知識をパターン化して共有することで、業界全体のレベルアップにつなげていけます。例えば障害の種類ごとに、パターン・ランゲージを作ってもいいかもしれませんね。


【パターン・ランゲージは、個々人の知恵をみんなでシェアするツールですね】

パターン・ランゲージは、個々人の知恵をみんなでシェアするツールですね


 

私達の部署のミッションは、国の重要な施策である地域包括ケアシステムの構築です。地域包括ケアを推進する上でも、パターン・ランゲージは有効だと思っています。パターン・ランゲージは、見えない概念を見えるようにしてくれるので、世代や立場の違う人が、一緒に新しいものを創造していくときにも、活用できるではないでしょうか。

(取材・執筆 鯰美紀)