【パターン・ランゲージ活用事例Vol.10】コクヨ『プロジェクト・デザイン・パターン(PDP)』の事業企画研修への活用


パターン・ランゲージの活用事例を紹介する本コーナー第10弾。プロジェクト・デザイン・パターン(PDP)を取り入れた事業企画の研修を実施したコクヨ株式会社事業開発センターネットソリューション事業部事業企画グループ課長田中克明さんにお話をうかがいました。PDPは、2016年3月に、『プロジェクト・デザイン・パターン~企画・プロデュース・新規事業に携わる人のための企画のコツ』(翔泳社)として発売されたパターン・ランゲージの書籍です。デザインホテル「クラスカ」などを手がけるUDS株式会社の梶原文生氏の、プロジェクトを通して培ってきた「企画のコツ」が、32のパターンでまとめられています。

パターン・ランゲージを作る作業は、文系のエンジニアリング。

約15年前に転職でコクヨに移ってきて以来、製品企画、販売企画から事業企画まで、幅広く新規事業の企画・開発に携わっています。パターン・ランゲージとの出会いは、岡田誠さん(認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ/富士通研究所R&D戦略本部)に「認知症をよりよく生きるための工夫を、パターン・ランゲージで表現する」というプロジェクトに参加しないかと声をかけていただいたことがきっかけです。これは、井庭崇さん(株式会社クリエイティブシフト代表取締役社長、慶應義塾大学SFC総合政策学部准教授)と岡田さんを中心とするプロジェクトで、完成後、2015年に『旅のことば:認知症とともによりよく生きるためのヒント』(丸善出版)として出版されています。
そこでのパターン・ランゲージを作り上げていく過程は、驚きと気づきの連続でした。私は元々、半導体のエンジニアでしたので、「プロセスがあり、結果が出ていれば、言葉なんてどうでもいい」なんて思っていました。理科系の世界でしていることは、神が作った法則に人間が従ったり、模倣して何かを作り出したりしているに過ぎず、そこには「解」があるというのが私の考えです。例えば、この電球がこの色で光るというのは、この物質の性質として元々決まっていることですよね。もともとある解を使っているだけで、誰かが生み出した法則ではないのです。


【コクヨ株式会社田中克明さん。理系エンジニアの僕には、「パターン・ランゲージ」をつくる作業は、文系のエンジニアリングであると感じました。】


しかし、パターン・ランゲージを作る作業には、「解」がありません。その中で最善と思われる言葉を探し、見つけたり、生み出したりする作業です。物理学では100点でないものは存在しませんが、言葉は、たとえ完成品ができても、「もしかしたら、100点ではないかもしれない」という思いがつきまといます。よく、パターン・ランゲージは、「経験則を見える化する」と言われますが、「目に見えないもの、概念を表現するということは、簡単なことではない」ということに気づきました。「どう表現するべきか」、「より的確な言葉はないか」、「複数の概念が、どんな言葉でつながっているのか」などと考え抜く過程で、理系の分野では使ったことのない頭を使っている感覚がありました。言葉を作る作業は、よりよいものを追及していく永遠の旅であり、文系エンジニアリングなのだと、こうやってモノをつくっていく世界もあるのだと実感しました。最後の最後まで、井庭さんが言葉をいろいろな観点から厳選していて、「これがプロか」と、文系エンジニアのすごさを垣間見た気がします。

プロジェクト・デザイン・パターン(PDP)を使った研修を企画・開催。

作者の岡田さんや井庭さんは、できあがった『旅のことば』を今後どう活用するか、ということを一生懸命考えていらっしゃると思います。言葉だけなので、どうにでも活用できるはずなのですが、それゆえに、難しい点もあると思っています。同様に、私自身、「パターン・ランゲージは使える」という確信はあり、「社内でもなんとか活用できないか」と思い続けていたのですが、なかなかその機会がありませんでした。
実は、何年も企画に携わっている人でも「企画ってなに?」という質問に答えられる人は、ほとんどいないのではないかと感じています。商品企画については、発想力や思いつき、分析でアイデアが出てくることが多いのですが、事業企画という大きな枠で、全体を俯瞰して「どこに課題があり、どうやって成長させたらいいのか」を考えるのは、すごく難しいのです。たとえば、「サービスを発展させるにはどうしたらいいのだろう」という課題があります。コンサルタントが10人いれば、10億円の売り上げアップになるとします。そうだとすれば、それを100億円にするためには、コンサルタントが100人必要だということになります。「では、コンサルタントの数を増やせば?」、「いえ、無理です」、「では、社内で教育すれば?」、「教育方法がわからない」となるのですよね。
そうした「企画ってなに?」「属人的なノウハウをどう共有したらいい?」という漠然とした疑問を解消するために勉強したいと思って、色々と調べたのですが、商品開発や起業のセミナー・研修はあっても、100億、1,000億円単位のストーリーが必要になる事業企画に関してのセミナー・研修はほとんどありませんでした。事業企画のノウハウになるようなものを探していたところだったのです。


【PDPを見返す田中さん。「これなら事業企画の研修になると思いました。」】


今回、プロジェクト・デザイン・パターン(PDP)ができたと知り、すぐに井庭さんのセミナーに参加して、「なるほど、これなら企画の研修に使える」と思いました。PDPは、「空間デザイン」の企画のコツをベースに作られたものですが、ハード面のデザインにとどまらず、新しいビジネスモデルやマーケティングの仕組みづくりといったあらゆるプロジェクトの企画に応用できるものですから、分野の違いによる懸念はありませんでした。
セミナーを企画した理由のひとつに、「パターン・ランゲージそのものや、PDPについて、仲間にも知って欲しい」という思いもありました。勘の良い人なら、パターン・ランゲージの有用性に食いつき、「自分たちのパターン・ランゲージを作りたい」と思うはずだという期待もありました。

PDPを、企画担当者の意見交換のツールに。

PDPを使った企画研修についての案内は、事業企画を担当する全部長に配信したところ、ほとんどの部署が参加してくれました。研修を企画した当初の目的は、「自分の部署の企画力をあげたい」ということでしたが、部署を横断して参加を呼びかけたのは、せっかくPDP作成に携わったご本人である井庭さんにも来ていただくので、一部署だけではもったいないという思いと、部署をまたぐ社員の交流ツールにもなるのではないかという思いもありました。
セミナーでは、はじめに井庭さんからパターン・ランゲージやPDPのパターンについて解説をいただき、その後、グループに分かれ、それぞれ自分に合ったパターンを選び、意見交換を行いました。「私はこれをやっていますね」など、カードを介して話が盛り上がり、思った以上に賑やかで楽しい研修になったと思います。参加者からは、「事前に本を読んだときには個々のパターン自体は、普通で当たり前 のことしか書いていないなあ?と思っていたのですが、実際に研修をして みて、同じパターンでも人によって行動の方法が違ったり、 こだわりが違ったりと非常におもしろくて参考になりました」という感想がありました。
以前から社内でも、商品企画の研修は実施されていましたが、事業企画の研修はなく、社員同士が企画について語り合うチャンスもありませんでした。商品企画、販売企画、それぞれに得意な人がいますが、両方がわかる人はなかなかいませんので、部署横断的な企画は新鮮でした。PDPは、分野の違う企画者の橋渡し的な役割や、企画について考え、意見交換するためのツールになってくれると実感しました。
研修の最後は、各自レーダーチャートを作り、自分の企画の経験をふり返り、可視化しました。人と比較することで、自分を知ることもできたと思います。


【PDPカードを使った研修風景。お互いの企画の経験を出し合っています。】

新規事業の企画に携わっている現場の人は、日々、「このやり方で良いのか」と不安感を抱きながら、自問自答を繰り返しているのではないかと思います。思うように結果が出ない場合は、「何が足りなかったのだろう」「自分たちはやるべきことをやっただろうか」と思い続けますし、結果さえ出ればよいというわけでもありません。PDPを使ってワークショップをすることで、決して答えが出るわけではありませんが、ちょっとした安心感と「こういうことをやってみればいいかな」というヒントにはなったと思います。
参加者からも、「今後も、自分の経験則・その内容を言語化し部門内に共有していきたい」、「新規事業の開発では、個人のスキル・ 経験に頼るところが多いので、それを補うツールにできたらいいと思う」、「企画の切り口を標準化するという点で、実務上も非常に有意義だった」など、前向きな感想が集まりました。
研修後、私の期待どおり、「自分たちのサービスのパターンを作りたい」という人も出てきたようです。

パターン・ランゲージから、職場の共通言語を見つける。

 今回、PDPを研修に活用できたのは、本に加えて、カードがあったからです。パターン・ランゲージは、本しかないと、ついつい、最初から全部やろうとしてしまいます。でも、井庭さんもおっしゃっていたように、私も、マニュアル本のように最初から順番に実践しようとする必要はないと思っています。たとえひとつでも、職場内の共通言語を作ることができればいいのではないでしょうか。
実はコクヨ内でも、私たちの上司が、逆境に立ったときなどに「それがちょうどいい」という表現を使い始め、徐々にそれが職場の共通言語となりました。それと同じように、一つでも共通言語が増えるといいと思ったのです。よい共通言語があると、組織全体でそれを力にしていくことができますから。
PDPの32のパターンを見ていきますと、「私たち、これはいつもやっていますね」というものも少なくありませんでした。たとえば、「買ってみる」「ひとことで言う」などです。気になる製品がある、という場合に、「じゃあ、買ってみる?」「ネットの情報で調べるだけじゃなくて、買ってみれば?」というのは、よく使っている表現です。ただ、無意識に使い、無意識に聞いているのですよね。それでは共通言語にはなりません。「買ってみる」が大事なことだと意識することができれば、気づきもありますし、共通言語になり得るのではないでしょうか。


【使うという視点では、本だけじゃなくカードがあるのがいいですね。】


カードですと、共通言語になる一枚や、自分が気に入ったカードを、壁に貼っておいてもいいですよね。
実際に、研修後に、「手元に置いておきたい」とカードを購入する社員も少なくありませんでした。「自分なりにポイントとなるパターン・ランゲージを選んで、考え方や判断するときの思考の癖をつけていきたい」という感想をくれた参加者がいますが、私自身も、時々パラパラとながめ、パターン・ランゲージから得た発想で、企画を練り直すこともあります。

今後の課題は、浸透・定着。

今後、パターン・ランゲージを広く活用していくための課題は、パターン・ランゲージそのものについて、どう伝えていくかですね。今回の研修の参加者からも、「パターン・ランゲージを社内、部内での共通言語にするには、より多くの社員が本を読むだけでなく、ワークショップなどの体験を通して理解する必要があり、腹落ちさせるための工夫が必要」という感想が寄せられましたが、毎回、井庭さんに研修に参加していただくわけにもいきませんから。
また、研修後、どうすればパターン・ランゲージを職場の共通言語として定着させられるか、というのも課題です。欲張って一度にたくさん取り入れようとするのではなく、職場に合ったものを数種類ピックアップし、会議などで毎回使うなど、とにかく浸透させる工夫が必要だと感じています。
もちろん、一番価値があるのは、パターン・ランゲージを作る第一段階、完成したパターン・ランゲージを活用する第二段階、という両方の段階を経験することです。言葉を紡ぐ工程を経験できるワークショップなど、第一段階のプチ体験ができる機会があれば理想的かもしれません。




私にとって、パターン・ランゲージは「思いを1つにする言葉」。これからも、思いついたらいろいろな使いかたを 試してみたいですね。

(取材・執筆 鯰美紀)