魅力的でわかりやすいと定評のあるプレゼンテーションで、数々の賞を獲得しているWAmazing株式会社代表取締役の加藤史子さんに、プレゼンテーションの考え方、つくり方をお聞きしました。事業開始後わずか半年で、ピッチコンテストで3度の優勝を勝ち取り、10億円の資金調達を実現。さらに大型の事業提携を次々につくり続けるその姿は、まさに、プロ・プレゼンテーター。そんな加藤さんが語る、プレゼン指南書の読み方、また、プレゼンテーション・パターン(プレパタ)の愛用者だという彼女のプレパタの使い方もご注目ください!

ベンチャー企業にとって、プレゼンテーションは生死を分けるもの

私たちWAmazingは、外国人観光者と国内観光業界とを結びつけるプラットフォームになることを目指し、2016年7月に創業したベンチャー企業です。現在は、インバウンド旅行者向けに、旅行が便利になるアプリと無料SIMカードを提供し、彼らに便利にサービスを使ってもらいながら、国内の観光業界も活性させていくことを目指したサービスを行っています。

 

「日本中を楽しみ尽くす」をコンセプトにインバウンド向けサービスを展開するWAmazing代表取締役 加藤史子さん

新しい事業モデルをつくり、関連する事業の方々や仲間と一緒に実現していくことになるので、毎日がプレゼンテーションだといえば、それはそうなのです。ただ、私たちのようなベンチャーの場合、特に気合を入れて臨むプレゼンテーションもあります。それは、投資家や事業会社に当社のことをお伝えし、賛同をいただき、投資や事業提携につなげていくためのもの。会社の生死がかかっていますから、本当に真剣勝負です。これらは、私が社の代表として行っており、ありがたいことに、昨年はピッチコンテストで3度優勝し、アクセラレートプログラムでも2度優秀賞をいただきました。勝敗がつくプレゼンに関していえば…一応、昨年は全戦全勝ということになります。

 

サービスローンチ直後から、ICCカンファレンス、B Dash Campなど大きなピッチコンテストで連続優勝

いくつものベンチャーがビジネスモデルを発表し、投資が決まるピッチコンテストや、事業会社主催のアクセラレートプログラムは、勝敗がつくプレゼンテーションです。ですから、「勝ち」を取りに行くために、つくり込みますよ。社長同士の試合みたいなものですよね(笑)。でも、「勝ちに行く」といっても、個人戦。ライバルと戦うわけではなく、いかに聴き手となる審査員の方々や聴衆の方々の心を動かせるか、がポイントです。

私がプレパタを読んで学び、一番心がけているのは、「聴き手が創造的になることを目的とする」ということです。そうでなければ、たとえ伝わったとしても「いい会社だね」「おもしろいことやってるね」で終わってしまう。聴いた方が、「それはおもしろそう!応援したい!」「一緒にやれば、こんなシナジーが生まれそう!」という想いを掻き立てられないと、プレゼンテーションの結果、何かにつながるということが起こりません。

ここにポイントを置けるようになったのは、事業主としての本気のプレゼンテーションをするようになってからですね。だいたい、この種のプレゼンの持ち時間は短く、5分から10分ほど。限られた時間だけに難度も高いですが、「何のためにプレゼンテーションをするのか」がぶれなくなったことで、つくり込みも、その場での振る舞いも、結果を出せるようになったのだと思っています。

プレゼンに関する書籍は、自己流から脱する源

私はWAmazing創業前には、(株)リクルートのじゃらんリサーチセンターという組織で主席研究員をしており、研究発表として、30分から1時間程度の講演やセミナーを頻繁に行っていました。ですから、プレゼンの経験は元々それなりにあったのです。でも、その頃は、参加者の満足度アンケートなどを見ると、「全然伝わっていない!」というものばかり。毎回反省し、試行錯誤を繰り返していましたが、「自分が伝えたいこと」と「相手に響いたこと」に大きなずれがありました。

とはいえ、前職時代からプレゼンの指南書は何冊も手にしてきていました。10年ほど前から読んでいた、ガー・レイノルズ『プレゼンテーションzen』には、とても影響を受けていますね。私が賞をいただくときには、「わかりやすい」という講評をいただくことが多いのですが、この本で、極限までコンテンツをそぎ落とすことを学んだからかもしれません。『スティーブ・ジョブズ 脅威のプレゼン』も、もちろん読みました。そして今、一番活用しているのは、井庭崇さんの『プレゼンテーション・パターン:創造を誘発する表現のヒント』(以下、プレパタ)です。これはプレゼンに必要なエッセンスが凝縮されていて、繰り返し手に取るタイプの本ですね。

 

プレパタは毎回手に取りますね。どれも、見れば「そうそう」と思うのですが、時間が経つと忘れがちなことがたくさんありますのでプレゼン前に見返します。

WA mazingがサービスを開始したのが2017年1月ですが、2月中旬に初めてのピッチコンテスト、ICCカタパルト(3大ピッチコンテストの1つ)がありました。つまり、私にとってはデビュー戦です。これに向けて、自己流のプレゼンからさらにレベルアップするために、プレゼンテーションのコンサルタントをつけたのですが、その方が課題図書に指定したのが、マーティン・ニューマンの『パーソナル・インパクト「印象」を演出する、最強のプレゼン術』と、『プレゼンテ―ション・パターン』の2冊だったのです。実は、『プレゼンテ―ション・パターン』は、すでに自宅の書棚に1冊あったのですが、コンサルタントに推薦されたことで、改めて丁寧に目を通しました。

プレゼンの本はさすがなもので、主旨がすっきりとしています。あくまでも私の解釈ですが、たとえば、前述の『プレゼンテーションzen』は、スライドのデザインに関して「ごちゃごちゃ書くな」と。『脅威のプレゼン』は「プレゼンをなめてはいけない、ジョブズは天才なのではなく練習してるんだ」という、プレゼンに向かう心構えのようなものを。『パーソナル・インパクト』は、ふるまいに関するもので「舞台役者になれ」と。そのように、1冊それぞれがワンメッセージを伝えています。どれもそれぞれとても深く、ためになります。でも、それらの本は、繰り返し繰り返し読む、というものではないかもしれませんね。

『プレパタ』はプレゼンに必要な要素を網羅した「プレゼンの六法全書」

『プレパタ』は、他の本とは少し違って、34個のパターン(言葉)の一つひとつがワンメッセージにもなっています。プレゼンの心構え、ストーリーテリング、デザイン、本番のフェーズまで、プレゼンにまつわるエッセンスを網羅した、プレゼンの辞書、あるいは六法全書のようなイメージでしょうか。どこから読んでも、どのメッセージを取っても役立つのがいいですね。私が読んだプレゼンの本の中でも、最も体系的で密度が高いので、手に取る頻度は一番高く、繰り返し参考にしています。

 

『プレゼンテーション・パターン:創造を誘発する表現のヒント』
(井庭崇+井庭研究室, 慶應義塾大学出版会, 2013)

前半、中盤、後半で異なるフェーズについて触れられていて、これらを一つずつ実践すると、最終的に聴き手の心を動かすプレゼンテ―ションにつながるようにできているのだと思っています。私は、毎回プレゼンテーションを作成する前に見返し、ある程度作った後も、チェックリストとして使用しています。おそらく、これを時々見直さなければ、初心を忘れて自己流に戻ってしまうでしょうね(笑)。

好きなパターンは「言葉さがし」。忘れがちなのは「スキマをつくる」

『プレパタ』のパターンのうち、私がいつも忘れがちで、ハッとするのは「スキマをつくる」です。「スキマ」には、ストーリーのスキマ、思考のスキマ、会話のスキマなど色々ありますが、「スキマ=余白」をつくることは難しく、ついつい一方的に話してしまいがちです。特に「伝えたい」、「勝ち取りたい」という気持ちが先走っていると、前のめりになってしまいがちですしね。

 

加藤さん「『スキマをつくる』ことは、ついつい忘れがち。でも、つくらないと聴いた人が何か想いを巡らせ、消化して自分事にすることができないですよね。」

好きなパターンは、「ことば探し」。プレゼンでは、「何だろう、それ?」というキャッチ―な言葉は必要ですからね。ドラマでも、流行るドラマには必ず印象的なセリフがあり、そこが見せ場になっています。私も、たとえば、最優秀賞を受賞した『東急アクセラレートプログラム2017』では、沿線住民にサービスを展開されている東急電鉄さんを意識して「ことば探し」を行い、海外からの観光客のことを指して、「空からの沿線住民」という言葉を使いました。結果、最優秀賞を紹介する記事内でも、「空からの沿線住民」が使われていましたので、やはり聴き手の心に引っかかるキーワードになっていたのだろうと思います。

 

加藤さん「一番好きなのが『ことば探し』です。これは良くやります。プレゼンが終わった後も心に残るような「ことば」はとても大切。」

また、『プレパタ』では、1パターンごとに著名人の名言が紹介されています。「ストーリーテリング」では、「人間は論理を理解するようにできていない。人間は物語を理解するようにできているのだ」というロジャー・C・シャンクの言葉が引用されていますが、この言葉がとても印象的で、物語を生み出せているだろうか、ということを意識するようになりました。この名言集は、気付かされることが多く、とても好きですね。

 

ほら、これも。「虹だって十五分も続いたら、人はもう見むかない。byヨハン・ゲーテ」面白いでしょう?

 

「伝えるプレゼンテ―ション」から一歩進み、創造的プレゼンテ―ションを意識

『プレパタ』の34個のパターンへの導入として紹介されているのは、パターンNo.0「創造的プレゼンテーション」です。ここでは、「プレゼンテーションとは、単なる伝達ではなく、創造の誘発である」と解説されていますが、これはプレゼンテーションの本質であり、大事なメッセージだと思います。

私自身、伝えることに関しては、実践できていたつもりですが、その先の「相手の創造を誘発する」という意識はありませんでした。つまり、『プレパタ』に出会う前の私は、プレゼンというのは、私の頭の中にある「○△□」などを、プレゼンによって伝えることで、聴き手の頭に「〇△□」を移す(プレゼントする)こと、ととらえていました。

ところが、『プレパタ』のパターンNo.0「創造的プレゼンテーション」を読んで、改めて、「伝達するだけではダメだ」ということに気づきました。プレゼンテーションの基本は、最後にどんな一言を残したいのか、聴衆に何を持って帰ってもらうのか、それを意識しながら、聴き手の想像・創造をかき立てることなのですね。投資家向けのプレゼンであれば、聴き手には、私がプレゼントしたことを超えて、「自分の事業と結びつけたら、こんなこともできる!」「自分が関わることでサービスが伸びる、世界が広がる」と想像してワクワクしてもらうことが大事なのです。ただ、「知る」というところで終わってしまっては、「協業したい」、「「投資したい」というところまでは達しませんから。でも、伝えるその先の目的を考えることは、ベンチャーのプレゼンだけではなくて、どんなときも大切なことですよね。構成も、言葉選びも、変わってくるはずです。

プレゼンテーションに慣れた人こそ、プレパタが役立つ

『プレパタ』は、平易に書いてあるけれど、決して平易ではなく、プレゼンを初めて学ぶ人には、少し難しいかもしれません。おそらく、内容にピンとくるのに、自分で試行錯誤してきた経験がいるのではないかと。ですが、プレゼンテーションのベースがある人なら、『プレパタ』を読むと、さらにレベルを高めることができると思います。集められたエッセンスは、年月を経ても陳腐化するような内容ではないですから、私はこれからも使っていくと思いますね。

私のように、投資家からお金をもらうために会社の生命をかけてプレゼンをする、という状況は特殊かもしれません。ただ、私は勝ちを狙っていくものから、こうした取材や採用候補者への事業説明まで、日々プレゼンをしていると思っています。そういう意味では、仕事のうえで上司に報告したり、会議で発表したり、事業コンペに出たり、お客さんに説明したりは、すべてプレゼンですよね。サイトや広告制作も、適切な情報量や見せ方が重視されるプレゼンテーションの場だと言えるかもしれません。そういう意味では、プレゼン能力を向上させることは、仕事をするすべての人が取り組んでもいいことだと思っています。

 

参考にするべきことが網羅的に書いてあって、必要なときに出してきて読み返すもの。
プレパタは、プレゼンの六法全書みたいなものですね。

 

(取材・執筆 鯰美紀)

プレパタの内容をじっくり読みたい方はこちら「プレゼンテーション・パターン」書籍

ブラッシュアップするためにチェックしたり、複数人で議論したい方はこちら「プレゼンテーション・パターン・カード」