読書のコツや楽しみ方、これからの時代で求められる「創造的読書」(クリエイティブ・リーディング)の考え方をまとめた『Life with Reading – 読書の秘訣』の制作・活用をご紹介します。『Life with Reading – 読書の秘訣』は、慶應義塾大学 井庭崇研究室と株式会社有隣堂が共同制作。2017年11月の公開当初から反響が大きく、すでに様々な場での活用が始まっています。インタビューでは、制作された有隣堂の渡辺泰さん、『Life with Reading – 読書の秘訣』を取り入れた授業をいち早く実施されている、慶應義塾普通部の司書教諭・庭井史絵先生のお二人にお話をうかがいました。
本離れの解消を期待し、『Life with Reading – 読書の秘訣』を制作
渡辺さん:私は有隣堂の社長室室長として、広報と出版を担当しています。私とパターン・ランゲージとの出会いは、2015年。ある勉強会の合宿に、ゲストスピーカーとして参加された井庭先生の「創造社会とパターン・ランゲージ」をテーマとした講演です。昨今、具体的な言語化やマニュアル化の必要性はよく言われますが、私は、現代社会に圧倒的に足りないのは、抽象化する力、そして具体との行き来だと思っていました。ですから、事例を抽象化して言語化されたパターン・ランゲージという存在に、一目惚れしましたね(笑)。理念とマニュアルの間に位置する「中空の言葉」という単語を聞いたときに、「これだ!」という衝撃が走りました。その後すぐに、私から井庭先生に連絡を取って交流が始まり、「そのうち読書のためのパターン・ランゲージを作ることができたらいいですよね」といった話で盛り上がったわけです。
読書は想像力・創造力の源となりますが、様々な生活環境の変化から、この20年間、出版業界の売り上げは右肩下がりです。我々としては、なんとか皆さんに本屋に足を運んでいただこうと、店内で読み聞かせ会を開いたり、ビブリオバトルを開催したり、POPを工夫したり、様々な試みを行っています。ただ、これらは、本が好きな人により多くの本を読んでもらうことにはつながりますが、そもそも本を読まない人には響きません。「本離れの状況を打破するには、出版社、取次(問屋)、本屋、図書館が、境界を越えて知恵を結集し、本に興味がなかった人を振り向かせるような取り組みをするべきではないか」という思いを抱いていましたので、パターン・ランゲージが一役買ってくれるのではないかという期待がありました。
そして、2017年4月に井庭研究室との共同研究がスタート。半年後の11 月に開催される『第19回 図書館総合展』のフォーラムにおいて、『Life with Reading – 読書の秘訣』を発表・紹介することを目指し、制作が始まりました。
庭井先生:私は、慶應義塾普通部の司書教諭として、中学一年生の国語の授業の一環である図書館利用教育と読書教育を担当しています。本校に関しては、この15年ほど、本の年間貸し出し数は、平均2万冊で推移しており、特に減少傾向は見られません。ただ、「読む層」と「読まない層」の二極化が進んでいることは肌で感じています。読書がみんなのものではなくなっている、という印象でしょうか。家庭によっては、両親に本を読む習慣がなく、新聞も取っていないということが珍しくありません。このような場合は、そもそも日常的に活字に触れる習慣がないのです。また、本校は男子校ですが、男子の読書量は女子に比べて少ないという海外の調査結果もあります。ですから、『第19回 図書館総合展』のフォーラムで『Life with Reading』の存在を知り、「学校現場でも読書促進のツールとして使えないか」と考えました。ちなみに、私自身は、自分の研究を通じてパターン・ランゲージ自体には以前から注目しており、『Life with Reading』の誕生は、「いよいよ、パターン・ランゲージが本の分野にも進出してくれたか!」という感じでしたね。
学校教育現場は、読書推進への効果的なアプローチの場になる
渡辺さん:実は、『Life with Reading – 読書の秘訣』の制作では、漠然と、「普段、本をあまり読んでいない人」あるいは、「昔は読んでいたけれど、何らかの理由で離れていた人」を読書の世界に呼び込むことに目標設定しており、中高生のような若い年代に利用してもらうことを特に意識していたわけではありません。
ところが、中学校に身を置く庭井先生が『Life with Reading – 読書の秘訣』に興味を持っていただき、授業に取り入れてくださったことで、「そうか、読書人口を増やすには、教育現場からアプローチする事が効果的かもしれない」という大きな気づきがありました。
庭井先生:そうなんです。本を読まない大人を呼び込むのは大変ですが、教育現場は生徒全員を対象にできて、ある程度強制力がありますから。試みがうまく機能すれば、読書習慣を身につけた人を増やすことに貢献できる可能性があります。
6個のパターン・ランゲージを厳選し、授業で実践
庭井先生:ただ、中学1年生に対して、『Life with Reading』をどう使えば効果的なのか、非常に頭を悩ませました。渡辺さんのおっしゃるように、パターン・ランゲージの特徴のひとつに「抽象化」がありますが、抽象的な言葉から、自分の具体的な経験を引き出せるのは、経験豊富な大人だからこそ。読書経験が少ない子どもの場合、できる限り具体化して説明してあげないと、イメージできません。パターンで使われている表現も、中学1年生にはまだ難しいものがありますので、27個の言葉から中学一年生でも理解できそうな6個を厳選しました。
渡辺さん:庭井先生は、《ラフに読む》《好きな読み方》《感覚が近い人》《なじみの本屋》《今日のおとも》《本がきっかけ》の6個を選んでくださったのですよね。これらの中で、一番、生徒の反応が良かったのはどの言葉ですか?
庭井先生:最初の授業で《好きな読み方》を取り上げましたが、これは非常に盛り上がりましたね。生徒からは、「お風呂で読むのが好き」「電車で読む」「いや、電車だと酔っちゃう」など、様々な意見が出ました。ディスカッションの後、「今から好きな場所で、好きな姿勢で読書していいよ」と言うと、歓声が上がりました(笑)。今まで、読書の時間では椅子に座って読んでいましたから、子どもたちにとっては嬉しいですよね。床に寝転がって読む子、友だちの膝の上で読む子など、様々でした。その後の授業では、毎回、違うパターン・ランゲージを取り上げていくのですが、生徒たちからはいつまでも「こんな読み方してみたよ」などと《好きな読み方》の話題が出ましたので、よほどこの言葉が印象的だったのだと思います。
渡辺さん:ディスカッションの後に実際に読書の時間を取ることは、効果的ですよね。パターン・ランゲージの制作過程で、社員を相手に「本を読まない理由」を聞いたときも「時間がない」という回答は多かったので、今までなかった習慣をつけるには、そのための時間を意識してつくるということが大切になると思います。
庭井先生:『Life with Reading』のパターン・ランゲージを前に、どれだけ楽しく盛り上がっても、それだけで本を読むという行動につながるわけではありません。「読書の時間をつくること」と「おもしろい本を勧めること」を必ずセットにする必要があると実感しています。また、図書館では、本屋巡りのような“本にまつわる体験”を増やすきっかけをつくっています。《なじみの本屋》というパターン・ランゲージを授業で扱いましたが、生徒たちは、近所の本屋1店舗しか知らないこともあります。ですから、こうした体験を増やすことが、パターン・ランゲージを生かすうえで有効なのではないかと考えています。
議論を重ね、「読書のコツ」「読書の楽しみ方」「創造的読書」の3カテゴリーで構成
渡辺さん:『Life with Reading』を制作する際には、本好きな人たちにインタビューして、「読書のコツ」を抽出しました。その中で、「『読書のコツ』は、そもそも本を読まない人に刺さるかといえば、そうではないよね」という議論になり、そこで、『読書の楽しみ方』というカテゴリーができました。いくら「本を読みましょう」と伝えても、楽しさがわからなければ、「どうして読まないといけないの?」ということになってしまいますからね。その上で、これからの時代に必要となってくる読書とはどういうものかということを、『創造的読書』という方向でまとめました。例えば、本を読むことで《未来のかけら》を集めて、未来のイメージを思い描いていくなど、創造的な活動につなげていくことが大切だと考えるからです。
庭井先生:2018年3月に開催した「学校図書館教育研究会」の集会では、司書、司書教諭、研究者等に向けて、『Life with Reading』を紹介しました。私自身も本校図書館での活用実践報告を行い、その後、『Life with Reading』を使いながらグループ・ディスカッションをしました。参加者の反応は非常に良く、「楽しかった」という感想が圧倒的で、「やりたいことがぐんぐん生まれた!」というような声もありました。司書はおそらくもっとも本が好きな層ですから、当然盛り上がるわけです(笑)。
『Life with Reading』が、図書館や本屋のあり方を考える際の共通言語となる
庭井先生:私たち本に携わる者にとっての『Life with Reading』の活用法のひとつとして、これからの図書館のあり方を考え、語るためのツールにすることが挙げられます。これまでも、読書推進につながる活動として、ビブリオバトル、読書へのアニマシオンなど、さまざまな試みが行われてきましたが、本を読む目的や本を読む楽しさについて語る共通言語はありませんでした。『Life with Reading』は、私たち図書館員が、読書およびこれからの図書館のあり方について語りあう文化を生み出すツールになると考えています。もちろん、学校教育における図書館の位置づけについて、他の教員とのコミュニケーションの共通言語ともなり得ます。
渡辺さん:読書をする人だけでなく、読書の場を提供する人々も、『Life with Reading』が活用できるということですね。
庭井先生:図書館員の仕事のひとつは、生徒の学び方、生き方に影響を与えるような本との出会いを生み出すことです。『Life with Reading』の3つ目のカテゴリーである「創造的読書」のパターン・ランゲージを使うことによって、「今後、こういうことにチャレンジしたいね」という具体的なアイデアが生まれるだけではなく、「そうそう、私たちの仕事の目的は、こういうことだよね」ということを再確認もできて、勇気を与えられました。
もちろん、今までも、本校の図書館では、AVブースで映画を観られるようにしたり、囲碁や将棋ができるようにしたり、ものづくりのワークショップをしたり、図書館を親しみやすい場所にするための工夫をしてきました。最近は公共図書館でも、3Dプリンターを設置して創造的活動を促すなど、新しい試みが進んでいます。ところが、今までは、「なぜ、図書館に?」という問いかけに対して、「子どもたちを図書館に呼び込んで、本を手にとってもらうために」としか答えようがなかったのです。でも、本来は、創造的活動を生み出すことがメインのはずで、極端に言えば、本は使っても使わなくてもいいのです。教科と図書館の連携においても、本を読んでもらうために美術や家庭科の授業を図書館でするのではなく、学習活動をより良くするためのツールとして本が生かせればいいわけです。「創造的読書」のパターン・ランゲージに触れたことで、そのことが明確になり、本が読まれるかどうかに関心が向きがちな自分たちの土俵から外に出ることができたような感覚になりました。
渡辺さん:『Life with Reading』によって、学校図書館が本来目指す姿が見えてきたということですね。教育の場で使うことを特に意識していなかった『Life with Reading』が、こうして自分たちが思い描いた以上の使い方をしていただけるのはとても嬉しいです。『Life with Reading』は、これからの本屋のあり方を考える際にも活用できます。創造的な活動のための読書ができる場を提供することを目指すのは本屋も同様で、「《発想の素材》のフェアを計画しよう」とか「《なじみの本屋》になるにはどうしたら良いのだろう」などと議論ができますね。これからは創造的書店を作っていかないと、生き残れません。
庭井先生:本に携わる者としては、ついつい、本を読んで欲しいと思ってしまいがち。目的は本を読むことではなく、子どもたちに「つくる人生」を歩んでいってもらうこと。本をきっかけに、「こんなこともできる」、「こんなふうにおもしろくなる」と、より創造的になることが大切なのです。本が中心ではなく、きっかけとしての本であること。『Life with Reading』によって、図書館は、「創造的読書」の形を見せるためのラボとしても機能していくことができると確信できました。
渡辺さん:私も、『Life with Reading』がわれわれ自身の課題と解決策を発見するきっかけになることは、できあがってから実感しています。創造的社会をつくっていくための読書を提供していくために、私たちにできることはまだまだありそうです。
そういえば、『Life with Reading』は実験的にしおりを作ってみましたが、ポスターにして本屋や図書館に貼ったりしても楽しいかもしれませんね。
昨年公開してからの反響を受けてこの5月には『Life with Reading』は有隣堂で販売しますので、これからも、使ってくださる皆さんとともに、『Life with Reading』の活用法、可能性を探っていきたいと思います。
(取材・執筆 鯰美紀)
※『Life with Reading- 読書の秘訣』カードは、2018 年5 月8 日より、有隣堂 アトレ恵比寿店、横浜駅西口ジョイナス店、たまプラーザテラス店、戸塚モディ店、藤沢店で販売開始しました。
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