本編では、国の施策のひとつである「認知症カフェ」で、先進的な取り組みを行い話題となっている町田市の「Dカフェ」と、そこでの「旅のことば」(認知症とともによりよく生きるためのヒント)の活用についてご紹介します。
町田Dカフェの特徴は、社会の中で認知症の方が自然にいられる状態を目指し、市内のスターバックスでオープンに実施されていること。認知症に関する会話が町に溶け込んでいる様子が注目され、報道番組でも取り上げられています。

「認知症とともによりよく生きる」をテーマとしたパターン・ランゲージ「旅のことば」も、このDカフェでのおしゃべりのきっかけとして使われています。すでに使われている方も、これから予定されている方も、「旅のことば」を実際に使いこなしている松本礼子さん・平田容子さん(東京都町田市:まちの保健室)のお2人の使い方を、ぜひ参考にしていただければと思います。

2016年から市内のスターバックスコーヒーにてDカフェを定期開催

Dカフェの“D”はDementia(認知症)の頭文字で、認知症の本人や家族、医療や介護従事者、地域の人など、だれもが参加でき、認知症や介護などについて話し合える場です。「認知症カフェ」とも呼ばれ、2015年に国が「認知症施策推進総合戦略(オレンジプラン)」の中心施策の1つとして位置づけ、全国で実施されています。私たちは町田市内のディサービス等で介護職に携わってきた30年近い経験を活かし、町田市でのDカフェを運営しています。


NPO法人ひまわりの会・まちの保健室の松本礼子さん(左)と平田容子さん(右)


私たちは介護職としての仕事のかたわらで、認知症の方の発信をサポートする活動を続けてきました。こういった活動のきっかけは、3年ほど前に、若年性認知症や軽度認知症の方々と出会ったことで、認知症に対する考えが一新されたところに遡ります。認知症と診断されてはいても、まだまだ自発的に活動することができて、ディサービスではご本人も満足できない人、つまり、制度に合わないため、その人らしい暮らしができていない人がいるということに気がついたのです。こうしたことを、一般の方々にも伝え、認知症についての理解を深めてもらい、認知症の方やご家族が当たり前にいきいきと過ごしていけるようにしたいと願って活動をしてきました。認知症のご本人の発信をサポートする活動を行ったり、認知症の方がありのままに自然に楽しみ、力を発揮できる活動を実施したり。2015年からは、認知症と診断された人が集まり、語り合う『本人会議』も開催しています。


「HATARAKU認知症ネットワーク町田」の代表を務め、認知症の方も参加する竹林保全活動や本人会議など、次々と新しい動きを進める松本礼子さん



こうした活動を発信するうちに、興味をもった町田市の高齢者福祉課からご連絡をいただき、町田市の施策にも関わるようになりました。2016年に、NPO法人認知症フレンドシップクラブとスターバックスコーヒーの協力を得て、市内の店舗でイベント的にDカフェを開催したところ、思った以上に好評を得ることができました。その後2017年からは定期的に行うようになり、今では市内の全店(8店舗)で毎月1回ずつ、つまり月に8回のDカフェを開催しています。
当日は、店舗のスタッフが、Dカフェのために10席ほどのスペースを確保して、温かく迎えてくださいます。認知症の方は、普段はカフェには馴染みがない人も多いですが、時にはサポートを受けながらも好きなドリンクを自分で注文して、カフェでおしゃべりするという時間を楽しんでくださっています。実はDカフェを始めた当初は、「周りのお客様からクレームがくるかもしれない」という心配もしていたのですが、今のところ一度もクレームはなく、居合わせた他のお客さんも自然に受け入れてくださっています。

大事なのは「日常の中に認知症の人がいる」ということ

 町田のDカフェが注目されているのは、閉鎖された空間ではなく、オープンな空間で実施しているからだと考えています。今までも家族会などの集まりはありましたが、公民館などで開催されることが多く、参加者だけの閉ざされた空間でした。また、当事者発信も、当事者が全国を飛び回って講演会やセミナーを開催するケースが一般的でした。もちろん、それも大事なことですが、閉じた会や講演会やセミナーは興味がない人は来てくれません。
 一方で、スターバックスコーヒーには、普段、認知症とは関わりのない若い人もたくさん来ています。たまたまDカフェに遭遇した医学部を目指す青年が、飛び込み参加をしてくれたこともあります。また、赤ちゃん連れでコーヒーを飲んでいた30代の女性は、お母様が認知症だったので、「こんな会があるのですね」と、次の回に参加してくれたこともありました。


スターバックスぽっぽ町田店でのDカフェの様子。手前の一角がDカフェテーブル。(2018年6月)



実際に参加してもらうところまではいなかなくても、カフェにいる人たちは、無意識のうちに私たちの会話が耳に入るでしょうし、『Dカフェ』の看板を見て、「なんだろう?」と興味を持ってもらえるかもしれません。もしかすると、スターバックスコーヒーが、認知症との初めての出会いになる人もいるかもしれませんね。実際に「認知症の人でも、カフェに来ておしゃべりしたりできるのですね。印象が変わりました」と言ってくれた人もいます。
認知症の方が過ごしやすい社会、というこれからに必要な状態を考える際には、認知症の本人だけではなく、医療、行政、家族、支援者、地域のすべて、つまり私たちみんなが「当事者」でもあるのです。なぜなら、これらの誰が欠けても、認知症の人が安心して暮らしていくことはできないのですから。


ご自身も介護現場のプロ。平田容子さんは、現場の視点で動きをつくりながら、行政やNPOと連携し、しくみにしていく活動をしています。



認知症について、「改めて考える。わざわざ学ぶ」ということではなく、「日常の中に、認知症の人がいる」という体験を提供することで、じんわりと一人ひとりの意識を変えていくことができればいいなと思っています。認知症は偏見や誤解を持たれやすいもので、認知症を正しく知るためには、当事者と接点を持つことが欠かせません。暮らしの中で当事者と接点を持ってもらうことができるDカフェは、新しい当事者発信のあり方になっていけると考えています。

「旅のことば」は参加者の内面や話したいことを引き出すツール

『旅のことば – 認知症とともによりよく生きるためのヒント』は、認知症と診断されても、いきいきと暮らしている人たちの前向きで実践的な工夫が、ことばになったカードです。私たちのDカフェでは、参加するメンバーなどを見て、必要に応じてコミュニケーションツールとして活用しています。(*実際の使い方は、記事末尾の「町田Dカフェ流 認知症カフェでの「旅のことばカード」の使い方」で詳しくご紹介しています。)

認知症の本人や、長年、介護をしてきたご家族は、様々な葛藤や想いを抱えていますが、そのことを他人の前で口にすることには、緊張を伴います。『旅のことば』のカードには、その緊張をときほぐし、言葉を生み出す効果があると感じでいます。カードをきっかけに、自分を解放することができるというか、その人の本質や本当の想いが、内面から引き出されるのですよね。何より、参加者ひとりひとりが場で発言しやすく、自分を出しやすくなるというのが直接的な効果ですが、私たちも参加者の内面を垣間見ることができるので、皆が満足できそうなカフェの話題を選びやすくなりますし、聴いている参加者も、気持ちに共感したりしながら言葉を重ねていくことができます。
毎回、「1枚のカードでこんなに話が膨らむのか」とその力に驚きますね。認知症の参加者のお一人は、「カードを見ると、発信したいことが溢れるように出てくるし、自分が話したことに対して、ほかの参加者から反応をもらえるのがいい」とおっしゃっていました。他にも「何か話して、と言われても困るけど、このカードがあるから自分の思うことを話せる」という方は多いです。


今日のDカフェを振り返る鈴木さん(右:参加されていた認知症のご本人)。
「カードがあると、話したいことがどんどんどんどん出てくるよ。僕らは、僕らの想いを、届けないといけないんだ。」


気持ちを言葉にするツールとしての可能性

『旅のことば』は、ディサービスや介護施設などでも、利用者や入居者さんに対して使ってみることをお勧めしたいですね。忙しくても、レクリエーション活動やちょっとした時間に利用者にカードを1枚選んでもらって、そこから感じることを話してもらうだけでいいのです。利用者が何を考えているのかわかるはずですし、きっといつもとは違う面が見えて、利用者とのコミュニケーションも深まります。認知症の人にとっては「自分の意思でカードを選ぶ」という行為だけでも、良い効果があるでしょう。もちろん、施設のスタッフ自身が学べることも多いと思います。

まずは「Dカフェ継続」を目標にしながら、じわじわ広めていけたら。

Dカフェは、3年ほど前から各地で開催され始めましたが、一旦始まっても、継続が難しく、いつの間にか途絶えてしまうことが多いのが現実です。
2017年11月に、NHKの報道特集で私たちの「Dカフェ」が紹介されました。それをきっかけに、全国各地から問い合わせをいただいたり、支援者が見学に来られたりしました。「どうして町田市のDカフェにはリピーターが多いのですか」と聞かれることもありますが、私たちは、一生懸命やってはいますが、意気込みすぎずにいることが大切ではないかと思っています。ファシリテーターが「参加者を楽しませたい」と思ってしまうと、きっとうまく行かない。もちろん「楽しんでもらえたら嬉しい」とは思っていますが、私たちは、必ず全員に話してもらえるように、話をうまく振り分けたり、テーマをつないだり、話題が暗くならないようにポジティブに変換する、というようなことに集中しています。そのファシリテーションでは、長年ディサービスで認知症に関わってきましたので、その経験も役立っていますし、『旅のことば』カードの、ポジティブに話を引き出し、膨らませていく力を、うまく使っているのだと思います。そのような場の運営で、結果として、参加者も楽しく、周りにも明るく開けた雰囲気の場をつくれているのではないでしょうか。

町に開かれたDカフェを広げていくためには、ささやかであれ支援が大切

長くDカフェを続けていくことは、簡単なことではありません。活動自体には「覚悟を決めて取り組む」一方で、一回一回は、「いい加減でもよしとする」という柔わらかさも必要かもしれません。その点、私たちはNPOなので、比較的自由に活動できているのが良いのかもしれませんね。
私たちはボランティアベースですが、続けていくために、交通費などの実費は出していただけるよう話し合いをして、ようやくそれが実現するに至ったところです。町田のようなオープンなDカフェは大切だと言われ、実際に他の市町村からも問い合わせがありますが、元々私たちのような活動をしていたチームがない市町村で新たに立ち上げるのは、町田以上に大変だと思います。これからは、ボランティアの力に完全に頼るのではなく、自治体側が多少なりとも活動費を支援していくことが、とても大切になってくるのではないかと感じています。福祉分野でこういった発言はあまり多くなく、まだ違和感があるのかもしれませんが、続けてきた身として、これからも続け、広げたいからこそ、お伝えしたいことですね。

私たちは、町田での取り組みを続けることに目標を置き、こういった開けた動きをじわじわと社会に広めていけたらと思っています。でも、せっかくなので、やりながら見つけてきたファシリテーションの工夫などを、望む方に伝えていけるような活動もできるといいですね。

私にとって「旅のことば」は…


松本さん:「旅のことば」は、「つながりの糸」



松本さん:「つながりの糸」。認知症というものをテーマとして、ご本人と家族、家族と家族、本人と社会…。いろいろな立場の人をつなぎ、社会全体を当事者化していけるものだと思います。

平田さん:「旅のことば」は「コミュニケーションツール」


平田さん:「コミュニケーションツール」。このカードから、表に出てこない思いを言葉にしてもらうことができます。コミュニケーションづくりのツールとして、本当にお勧めしたいものですね。なぜ皆さんがこのカードからこんなに対話(会話)が広がるのか不思議です。私には分かりませんがこのヒントいっぱいのカードには作り方に何か秘訣があるんでしょうね。

【参考】町田Dカフェ流 認知症カフェでの「旅のことばカード」の使い方

使い方の大きな流れはいつも同じです。カードをテーブルに並べて、参加者に気になるカードを一枚選んでもらい、そして一人ひとり、「なぜこのカードを選んだのか」や「そのカードに書かれている言葉から、思うこと」などを話してもらいます。初めに並べるカードは、40枚全部を使うこともあれば、参加者の様子を見て10枚くらいに減らしておくこともあります。家族の方が多いときは、家族用のカードだけを出すこともありますよ。

今回は、まずはテーブルに乗るだけカードを並べることにしました。ランダムに選んで全部で30枚弱。そこから、気になったものを一人一枚選んでもらったら、話すことに集中できるよう、一旦残りは片付けます。

皆が選び終わったら、気が散らないように一度残りのカードをしまって、まず、見本を見せるために自分から。「〇〇から来ました、〇〇です。私は「〇〇〇〇」というカードを選びました。このカードを選んだ理由は・・・」という、真似しやすい流れで、手短に話すようにしています。そして、「では、次は〇〇さんどうぞ」と促していきます。1巡だけにすることもあるし、もう1枚選んでもらって2巡目に入ることもあります。

ある方が選んだのは「わくわく実行委員会」。細かく読み込んで理解する必要はなく、上部の太字とイラストで選ぶ方が多いですが、それで大丈夫。自然とその人らしい話が引き出されます。

カードを選んで話してもらうと、今気になっていることや心配なこと、大切な気持ちなどが言葉として出てきます。ですから、参加者にひと通り話してもらい、それを聞いて、Dカフェの残りの時間でみんなで話をするテーマを選んだりしています。カードを使って一人ひとりが話されている間は、その方がどんな方なのかを気にしてお話を聴いています。関心ごとが何なのか、おしゃべりすることは好きそうか、どんな経験をされているか‥など、多くの情報が得られます。
その後、全員で話す話題については、まず全員が発言できることを気にします。そして、先ほど話された参加者の悩みや経験を参考に、ある方が抱えている悩みが、ここで情報交換をすることで解消できそうであれば、それをテーマに据えたりします。皆さん、Dカフェに来られる目的は様々ですので、そんなことも気にしながら、来た甲斐があったと思ってもらえる時間になるよう意識をしています。
テーマを決めて話し始めたら、みなさんが話す内容を見ながら、関連する経験や情報をもっていそうな人に話しをつないだりして、場のお話が流れるようにしています。あとは、暗くなりそうになったらポジティブに切り替えることも大切にしています。
時間とスペースがあれば、一度、40枚すべてのカードを並べて、1人に3枚ずつ選んでもらう、という使い方を試してみたいですね。その人らしさが、より鮮明に出てくるのではないかと思っています。

認知症の方、家族、その周りのみんなで「よりよく生きる」ことを共に考えていくツールとしてつくられた「旅のことば」。現場で同じ思いをもつお二人をはじめとするみなさんによって、実際の社会の中でどんどん生命力を吹き込まれている気がします。
お二人は、Dカフェの他にもいろいろな活動をされています。ご興味のある方は、「HATARAKU認知症ネットワーク町田」で検索してみてくださいね。(クリエイティブシフト)

(取材・執筆 鯰美紀)