株式会社シルバーウッドが運営するサービス付き高齢者住宅およびグループホーム『銀木犀』。入居者を「管理」することなく、ユニークな仕掛けによって、その人らしい生き方をしてもらうことを大切に、2016年からは、スタッフ研修や「VR(バーチャル・リアリティ)認知症体験プロジェクト」などに、パターン・ランゲージ『旅のことば:認知症とともによりよく生きる』を活用されています。『旅のことば』の効果について、シルバーウッド代表取締役の下河原忠道さんにお話を伺いました。

入居している方の「管理」をやめ、心のケアを大切に

当社は、2011年からサービス付き高齢者住宅とグループホーム『銀木犀』を運営しており、2018年現在、首都圏に計11軒を展開しています。元々は建築資材メーカーですので、介護事業は専門外でした。ですから、はじめに高齢者住宅をつくるときには、海外の高齢者住宅を視察した上で建物だけは力を入れて作りましたが、ソフト面については日本で一般的だった管理型の高齢者施設でした。スタッフはユニフォームを着て、玄関には鍵をかけ、入居者は自由を奪われて…。私自身、「高齢者施設とはそういうものだ」という固定概念があったと思います。ところが、いざ運営が始まってみると、入居者が全く楽しくなさそうだったのですよね。私自身も『銀木犀』に住んでみたのですが、楽しくないし、食事はまずいし、「ここでは生活したくないな」と。そこで、入居者を管理することをやめて、玄関にも鍵をかけず、出入りを自由にしました。今は、入居者が快適であること、その人らしい生活ができること、生きがいを感じられることなどを大切にし、それこそが『銀木犀』の特徴となっています。


「どうせやるなら、楽しい方が絶対いいでしょう」と語る株式会社シルバーウッド代表の下河原忠道さん


『旅のことば』は、想いを行動に移すことをサポートしてくれる

『旅のことば』については、2016年頃にSNSで流れてきたことがきっかけで存在を知りました。「認知症=新しい旅が始まる」という概念がすばらしいですね。『旅のことば』には、認知症とともによりよく生きるためのヒントが40のパターン(40のことば)で示されているわけですが、実際に『旅のことば』に並ぶ「ことば」を見たときは、感動しました。認知症に関わる方々へのヒアリングがベースになっていることが、まず大きいですし、「ことば」の重要性を認識している人が、丁寧に紡ぎあげた「ことば」だというのが伝わって、美しいとすら感じたほどです。その後、井庭先生とお会いする機会があり、何度か対談をしたり、先生の授業にも登壇させていただくなど、交流をさせていただいています。
『銀木犀』のスタッフの集合研修に『旅のことば』カードを取り入れ始めたのは、「研修で使っている高齢者施設がある」と聞いたことがきっかけです。研修では、スタッフに好きな「ことば」が書かれたカードを選んでもらい、そのカードを選んだ理由を発表してもらっています。カードを見たスタッフからは「わかるー!」とか「ことばがきれい」「使いやすい」などの感想が多いですね。スタッフには、現場に戻った後、選んだカードを元に具体的な行動に落とし込んでもらっています。何事も0から1を生み出すのは大変ですが、1を1.5や2にするのは、比較的スムーズですよね。カードが自分の想いを言語化してくれている時点で1ですから、スタッフが1.5や2に踏み出す、つまり、自分の想いを行動に移す際に背中を押してくれる存在だといえます。夢や目標を行動に移すことを、『旅のことば』がサポートしてくれるのです。

また、少し話が飛びますが、私たちは一般的に、認知症の症状を「徘徊」「帰宅願望」「暴力・暴言」といった言葉にはめていますよね。これらを認知症の問題行動だと捉えているわけです。けれども、これは、私たちが自分の価値観から外れているものを、問題視しているに過ぎません。『銀木犀』では玄関に鍵をかけていませんから、時々、入居者が出て行き、外でトラブルになることもありますが、これは、周りの理解がないから起こることです。環境や、周りの接し方によるストレスが本人を混乱させ、暴言などにつながり、トラブルだと言われてしまうだけ。実は、『銀木犀』に入居した後に認知症が酷く悪化して、住むことができなくなったという方は一人もいません。ただ、ご家族にも、そこを理解していただけないことがあり、「管理してくれないと困る」と退去させてしまうこともあり、非常に悔しいですね。
悔しいと言えば、つい最近も、医療ケアを希望していなかった入居者が、ちょっとした行き違いで病院に連れて行かれ、医師の判断で医療ケアを進めることになってしまいました。これから私自身がご家族に会って、より良い解決に向けて話し合いをする予定です。何も私たちがそこまで関与する必要はないのですよね。でも、そこまでするのが『銀木犀』の文化になっています。
こうした福祉現場の課題に対して、『旅のことば』が答えを出してくれるわけではありません。それでも、『旅のことば』によって、気持ちに火がつくというか、テンションが上がることで、行動に移すことができると思います。どう行動するかは、結局は本人次第ですが、モチベーションを作ってくれるツールであることは間違いありません。

『旅のことば』から生まれた「銀木犀フォトコンテスト」

『銀木犀』では地域連携も大切にしており、お祭りなどのイベントも地域の方に参加していただいています。住居の中に駄菓子屋を作って、入居者が店長を務めているところもあります。これは、「駄菓子屋を作って、子ども達が来てくれたら良いよね」と、入居者から出たアイデアでした。
産後ママと赤ちゃんのためのダンスサークルもあります。入居者も参加していますよ。さすがにダンスは動きが速くて難しいですが、赤ちゃんをあやしたりしています。
また、みんなで輪になってひたすら太鼓をたたくドラムサークルもあります。ファシリテーターがストップをかけたら、ドラムを中断して隣の人を褒め合うのです。これは脳科学でいう「即時フィードバック」に当たり、行動の直後に褒められると脳の血流が良くなると言われています。太鼓をたたくことで運動にもなりますし、とにかく楽しいです。
そして、『旅のことば』から生まれた地域参加型のイベントが「銀木犀フォトコンテスト」です。入居者にカメラ好きの男性がいたりして、日頃からスタッフと「入居者の方々の趣味を活かせたらいいよね」という話はしていたのですよね。スタッフが『旅のことば』の《自分なりの表現》というカードからインスピレーションを得て、「入居者が撮った写真をご家族や地域の方にも見てもらう」という提案が生まれたのです。自分が撮影した写真を多くの方に評価してもらえたら、承認欲求が満たされますし、嬉しいですよね。ちなみに、前述の男性は優秀賞に選ばれて喜んでました。
このような取り組みで、住居に幅広い世代の方が出入りし、子どもの声が響き渡ることで、入居者には地域住民の一員としての暮らしを実感してもらえるのではないでしょうか。


入居者の方々の色々なエピソードをお話ししてくださる下河原さん。
笑顔が溢れ、皆さんでつくっている《新しい旅》のワクワク感が伝わってきます。


認知症VR体験×「旅のことば」で、認知症を自分事として語る

2016年からは、バーチャル・リアリティー(VR=仮想現実)技術を利用して、認知症の症状を疑似体験する「VR認知症プロジェクト」を始めました。元々、VRには可能性を感じていたため、ビジネスとしてVR事業に参入したいと思っていました。入り口をどこにしようか、つまり、コンテンツを何にしようかと、社員とワイワイと話し合っているときに、「認知症の世界をVRで見ることができたらおもしろいのではないか」ということになったのです。認知症体験ができるVRは、日本では初めてだったはずです。2017年2月の完成以降、地方自治体や学校、企業などで「認知症体験ワークショップ」を開催し、すでに2万人もの人に体験してもらっています。VR体験実をすることで、参加者は、認知症に改めて向き合わざるを得ません。「こうはなりたくない」という偏見や恐怖だけが残っては逆効果ですから、体験後には、私がレクチャーをしたり、認知症の方からのビデオメッセージを流したり、参加者同士でディスカッションをしてもらったりしています。このディスカッションでも、『旅のことば』カードを活用しています。VR体験で感情移入しているところを、『旅のことば』で追い討ちをかけるとでも言いましょうか(笑)。『旅のことば』をきっかけに、参加者は、自分の考えを自分の言葉として、一人称で話してくださるのです。「怖かった」「寂しかった」という感想が多い一方で、「体験することで負のイメージがなくなった」「認知症の人にもっと優しくできそう」という意見もあります。『旅のことば』は、地域市民の方にとっても、「どうすれば認知症の人たちと生きていけるか」を考えるツールになっているのではないでしょうか。

※川崎市のウェルフェアイノベーションフォーラム(2018年3月20日開催)にて実施された認知症VR体験×「旅のことば」コラボの様子はこちらをご覧ください。

「認知症だけど、それが何?」 みんなで新しい旅を楽しむ

「従来の福祉的発想では、高齢者社会や認知症の課題は解決できない」というのが私の考えです。福祉の世界の「ネガティブな課題をどう解決するか」という文脈に疲れました(笑)。ですから「もう、自分たちで解決しようとするのはやめよう」ということで、「楽しい」「おいしい」「おしゃれ」といったポジティブなアプローチで、たくさんの人が訪ねてくれる仕掛けを作っているのです。
みなさん、真剣に考えすぎ。認知症への意識をアップデートすればいいんです。「認知症だけど、それがなに?」で良いのです。正直、「かわいそうな人だから、サポートしてあげる」みたいな上から目線の偏見には、イラッっときますね(笑)。認知症を「新しい旅が始まった」と捉えて、周りの人も一緒に楽しむぐらいのユーモアを持ちたいですね。私は、何回も何回も同じことを繰り返す入居者に対して、「そうなの?それ、さっきも聞いたけどね」と言って、一緒に笑っています。スタッフもそんな感じです。旦那さんのノロケ話を繰り返す女性もいますけれど、何回聞いても楽しいものですよ。
今、認知症の人が働くレストランの開設に向けて動いています。認知症の店員さんが、「はい、どうぞ」とご飯を運んで来て、お客さんの横で一緒に食べ始めちゃうとか、おもしろくないですか?(笑)
今後の目標は、『銀木犀』を高齢者だけが集住する住居ではなく、幅広い世代が一緒に暮らす場所にすることです。最終的には、介護士がいない高齢者住宅を作ること。住民同士の助け合い、あるいはテクノロジーによる補助で、認知症であっても自分自身の力で生活していくことができるのではないかと思っています。認知症でも問題なく過ごせる社会、それが私の理想ですね。


パターン・ランゲージは僕にとって、「目標達成へのキップ。」みんなで《新しい旅》を楽しみまくります。


(取材・執筆 鯰美紀)

「旅のことば」(書籍)「旅のことばカード」こちらで入手できます。