【パターン・ランゲージ活用事例Vol4.】富士通研究所R&D戦略本部協創推進PJプロジェクト・ディレクター 岡田誠氏「未来の乗りモノ」(前編)技術研究への活用事例―パターン・ランゲージに感じた期待


企業でのパターン・ランゲージ活用事例をご紹介する本コーナーの第4弾は、技術研究の観点ながら、認知症に関するパターン・ランゲージをつくられた株式会社富士通研究所(以下、富士通研究所)の事例を紹介します。お答えいただいたのは、富士通研究所の研究者であり、井庭とともに「認知症とともによりよく生きるためのヒント『旅のことば』」を作成した、R&D戦略本部協創推進PJ プロジェクト・ディレクターの岡田さん。岡田さんが持っている技術研究に対する課題認識や、それに対してパターン・ランゲージを導入された背景、今後の展開などを語っていただきました。

富士通が向かう先を見据えられるのか

 私がいる富士通研究所は、1500名ほどの研究者がおり、私自身はR&D戦略本部という企画部門に所属しています。R&D戦略本部は、研究所全体に対する中・長期的なビジョンを作るとか、ロードマップを整理して技術の行く先を見据えての投資を考えるとか、研究の方向性に関する企画や支援をする部署ということになります。
 ロードマップを描くというのは実はシンプルな行為です。「今自分たちはどこにいて、どこに行きたいのか。そこへはどのように行くのか」という問いを関係者と共有しコミュニケーションし続ける行為です。しかし、それがとても難しくなっています。社会の変化の振れ幅が大きく、技術や社会がどこへ向かうのか、その先で何が求められるのか、技術だけを見ていても言えないのです。たとえば、グーグルという会社はこの15年で世界を大きく変えましたが、グーグルが生まれて間もない15年前にグーグルがこれほど社会に影響を与えるようになるとは技術者のだれも予測していませんでした。
 富士通は「技術で社会を支える」ということをしてきた会社ですが、技術のみを考えるだけでは、これから社会をどんなふうに支えるのかが言えなくなっています。技術の視点から「きっとこんな風に支えるのだろう」と考えても、まったく予想と異なる状況になる可能性もとても高い。富士通がどこへ向かえばよいのか、どんなふうに社会と関わっていくのかという本質的な問いを、常に問われる時代に我々はいます。

技術で解けないことを考えるという挑戦

 いま技術の分野では2つの現象が起きています。ひとつは、技術がものすごい勢いでコモディティー化しているという現象です。たとえばカメラに使われているセンサーは非常に高度な技術を使っているはずですが、その価格は何百円というレベルかもしれません。どんなに高度な技術であってもスーパーで売っている水とそれほど変わらない値段なのかもしれない。低価格のパソコンとツールで誰でもがプログラムを書けるということも同じ意味をもっています。
二つめは、技術の世界でも競争がグローバルに開かれ、とても激しくなっていることです。技術がコモディティー化し、世界中の人が技術の進歩に関われるということは、たとえば、どこかの国のひとりの青年が、富士通のひとりの研究者と同じだけの技術を、より安く提供することだってできるようになるかもしれない。
このような時代の流れに対して自分たちはどうしたらいいのか、とても危機感を持っています。ひとつひとつの技術の行く末がどうなるかというレベルではなく「技術」というもののあり方や組織のあり方の変化が求められています。
 そこで、「社会の問題を技術で解く」という考えから、離れてみようと思ったのです。技術では届かない領域を考え、逆にそこから何が社会に必要なのかを改めて考えたいと2011年に認知症プロジェクトを社内で提案しました。私は医療や福祉の専門家でもないですし、家族に認知症の人がいるわけでもありません。ただ、認知症に関して、技術だけで問題を解決しようとするのでは何かあたたかみがなく、本当の意味での解決にならない気はしました。だからこそ、技術で解けないことから考えるという方向で挑戦してみようと思ったのです。

富士通研究所 R&D戦略本部協創推進PJプロジェクト・ディレクター 岡田誠さん

富士通研究所 R&D戦略本部協創推進PJプロジェクト・ディレクター 岡田誠さん

パターン・ランゲージは、普段見ている世界の蓋を開くもの

 実は、パターン・ランゲージ自体はソフトウェア分野の手法として知っていました。また、井庭さんがそれを人間行為に対して使う研究されていることも、わりと早い段階で知っていました。研究者は、他の研究者が何やっているか、お互い直接には話をしたことがなくても知っていたりもするのです(笑)。
 だから、2012年の秋にSFCのOpen Research Forumでカネボウ(現:花王)と井庭研究室との共同研究や、ラーニング・パターンとコラボレーション・パターンの冊子が配布されているのを知り、知人に貰ってきてもらいました。手にしたものを見て、改めて「おもしろいな」と思いました。そこには単なるコツが書いてあるのではなく、自分が普段から見ている世界の蓋をぱっと開いて気づきを与えるようなものがありました。ただ、認知症の話とどう結びつけられるかは、その時点でうまく構想できませんでした。
 そして、2014年の春、井庭さんが別の知り合いと企業向けにパターン・ランゲージ3.0の研究会を行うと聞き、「そうだ、この機会に声をかけてみよう」と思ったのです。それが「認知症とよりよく生きるためのパターン・ランゲージ『旅のことば』プロジェクト」の始まりでした。

福祉の世界では良いエピソードが閉じた世界で共有されていると感じた

 パターン・ランゲージを活用できると感じた大きな点は「型」としての可能性です。福祉に関わる人はみんな良いエピソードを持っています。ただ、技術系の研究とは違ってそれを共有するしくみや型が弱いかもしれないとは感じていました。それはそれまでに認知症に関わるいろいろな立場の人がセクターを越えて話し合える場を作り、いろいろな関わりを持つ中で私が感じていた印象です。技術者はよいアイディアを考えたら論文にして共有しますし、その過程で抽象化・普遍化するといった作業をします。福祉の現場にもっとそういうアプローチがあってもよいと思いました。もちろん研究の場では行われているでしょうが、いわゆる現場では、個別具体的なエピソードを一本一本のドキュメンタリーのようにシェアするようなスタイルだと少なくとも私は感じました。もちろんそういうアプローチは深い理解にはとても良いのですが、良さを伝えるという観点では広がりにくいとも思ったのです。良さが閉じていると。もっとうまく伝えられないのかなと。そんな問題意識に対して、パターン・ランゲージは型として役立ちそうだと感じました。属人的な様々なエピソードを抽象化して共有するための型として使えるのではないかと思ったのです。
 私は、個人的にラーニング・パターンがとても好きなんです。研究者なので、学びのコツについていろいろ考えているわけです。そんな私から見て、ハッとするような部分がラーニング・パターンには入っています。単に、「これがコツです」「こうするといいです」というのではなく、自分が普段から知っているようなことであっても、その世界のふたをぱっと開かれたような感覚が得られるんです。同じような感覚が福祉の場でもあり得るのではないかと思ったのです。ラーニング・パターンのような感じで、認知症に関して、みなさんがいろいろ考えているよさを集められたら面白いなって思いました。

人文学系の「よい」を伝え広める技術としてのパターン・ランゲージ

 井庭さんに最初に相談したのは2014年の3月です。そして5月から井庭研究室の学生さんとともにプロジェクトをスタートさせ、何度もSFCへ通ってパターンを一緒につくりました。そして、プロジェクトスタートから半年後の11月に、G7認知症サミット後継イベントで「旅のことば」として日本語・英語で同時発表しました。
 これに大変な反響をいただき、「旅のことば」は、翌年の5月に丸善さんから書籍として出版することになりました。ワークショップ用のカードもできました。速い展開でしたが、パターン・ランゲージの「種」としての力なのだと思います。生み出されたものから、どんどん広がっていくための要素をパターン・ランゲージというものはもっているんだと思います。

パターン・ランゲージが持つ潜在的な可能性について語る岡田さん

パターン・ランゲージが持つ潜在的な可能性について語る岡田さん

 技術の会社ならではの社会に対する深い問題意識、そして、人文系分野に飛び込んだ理系技術者ならではの課題認識。理系的アプローチでありながら人文系のテーマも扱うパターン・ランゲージを使った共同プロジェクトは、大きな流れの中での必然のシナジーであったようにも思えます。「なぜ富士通さんが認知症のパターン・ランゲージ?」とよく聞かれますが、こういった壮大な背景があったのですね。
 後編では、実際のパターン・ランゲージ作成プロジェクトを通じて岡田さんが感じたこと、できあがったものから感じられた「技術」についての思い、パターン・ランゲージを使った今後の展望、そして岡田さんが考えるパターン・ランゲージの魅力をご紹介します。