【パターン・ランゲージ活用事例Vol4.】富士通研究所R&D戦略本部協創推進PJプロジェクト・ディレクター 岡田誠氏「未来の乗りモノ」(後編)技術研究への活用事例―パターン・ランゲージの今後の可能性


 「前編:技術研究への活用事例−−パターン・ランゲージに感じた期待」では、富士通研究所(以下、富士通研究所)R&D戦略本部協創推進PJ プロジェクト・ディレクターの岡田さんが考える、これからの技術研究とパターン・ランゲージに感じた可能性、具体的な制作までの経緯についてご紹介しました。
 後編では、「認知症とともによりよく生きるためのヒント『旅のことば』」を作られた中での気づきや今後の展望、また、岡田さんが考えるパターン・ランゲージの魅力について、お伝えします。

型がありながら、視点にあたたかさがある点で、理系と人文科学が融合されている

 井庭さんたちがつくるパターン・ランゲージの特長として、視点のあたたかさとか、やわらかさみたいなものがあるといつも感じます。単に「論理的に3つです」「論理的にこのエピソードはこういうふうに切り分けられます」としない、アルゴリズム的ではない部分。一方で、人文系なのに、あえて型を決めているじゃないですか。Context(状況)があって、Problem(問題)があって、Solution(解決)というように。技術の世界では形式は記述の基本ですが、人文系のアプローチとして最初は型を決めすぎなのでは?とも思いました。でも、出来上がってみれば、その型があるからこそワークショップを開くこともできて、世に広がっていく力になっていることがわかります。つくったものが育っていくという観点でいうと、種としての基本構成を、「型」があることが担っているのだと思います。
 一方で、「型」としてのチャレンジもあったと思います。認知症に関わる世界的な潮流として、最近は、「本人」がよりよく生きるという視点がより強調されるようになっています。つまり、認知症にかかわる課題を解決するために捕らえるべき視点は、「本人」の視点や「家族」の視点という風に複数なのです。ひとつのランゲージを、「本人」「家族」「みんな」という3つの視点から構成するのは新しい挑戦だったと思います。パターン・ランゲージを作っていく上で、そこを、どのようにうまく構成するか、井庭さんを含め、学生のみなさんととても丁寧に考えました。「家族」の部分や「みんな」の部分も本人も読むというのが前提でした。また「本人」は「家族」の一員でもあり「みんな」の一員でもあるわけです。それが自然だという捉え方です。これは理系の分析的な思考だけでは見いだしにくい考え方です。結果として、「旅のことば」で3つの主語を融合させること自体が、パターン・ランゲージとしても新たなチャレンジだったと思いますし、人文系だからこそのアプローチだったと思います。
 あらためて振り返ると、プロジェクトの開始前には、「社会福祉の分野に『良さ』を広げるための型をもちこむ」ことが狙いだったわけですが、人文科学的なアプローチと理系のアプローチがちょうどうまく混ざった感じになり、そして制作の過程でも新たなチャレンジが生まれた気がします。そんなところがこのプロジェクトの制作に関わっての面白味と魅力だったと思います。

複数視点からのアプローチが重要と語る岡田さん

複数視点からのアプローチが重要と語る岡田さん

解き方が見えない課題に方向性を示してくれる「人文系の技術」

 研究でも事業でも、解きにくい課題は、概していえば、「先が見えない」、あるいは「新たな関係を作らなければならない」、「しかしどうやったらいいか分からない…」というところに集約されると思うんですね。パターン・ランゲージの価値や新しさは、そこにひとつの方向感を与えてくれるところにあると思います。やりたいことは意識の上ではある程度はっきりしているけれど、そこにまだ明確な抽象化されたレベルでの型がない。そんな時にぴったりはまる気がします。また、パターン・ランゲージはつくればそれで済むというものではなく、つくる過程やつかう過程も重要で、実はそこで様々な人々と関わることにも大きな意味があります。
 もちろん、そこにはそれに見合った能力が求められます。それは一言で言うと、人文系の技術かもしれません。論理だけでは割り切れないことを整理していくような手仕事に近い感覚かもしれません。テクノロジーとしての「技術」ではなくて、アートとしての「技」のイメージです。だから、「旅のことば」の英語のタイトルも『The art of Being with Dementia』。結構そこにこだわりがあります。

人文系の技術について語る岡田さん

人文系の技術について語る岡田さん

「これは新しいものづくりのやり方だ」と思えた

 SFCのメンバーと一緒にプロジェクトを進めて感じたことは、SFCの若いチームがものすごいエネルギー持ち、そしてそのエネルギーを集中力を持って注ぎこんでいることです。そこからこの人文系の技術力が生まれているのだと思います。井庭研のメンバーは、だいたい3年間くらいびっしりとすごい集中力でパターン・ランゲージに取り組んでいますから、経験値も非常に高い。そのレベルの高さは普通の大学院のチームとやるよりも勢いがある感じがしました。
 そんなチームと一緒に活動してみると、「これは新しいものづくりのやり方だ」とも感じるのです。先にお話した「技術がコモディティー化している」の裏返しの可能性かもしれません。ある分野の高い専門性を持っているチームが頑張ると、そのチームがたとえものすごく若かったとしても、コモディティー化した技術を用いて「モノ」としても高い完成度を持った成果を短期間に実現できる。たとえばそれは、「旅のことば」で言うと、最初に完成した書籍のプロトタイプかもしれません。それが手に取れる形に素早くできる。新しいモノの作り方かもしれません。そんな印象を私は強く持ちました。
 それは単なる知財の交換といったレベルを超えたオープンイノベーションの本来のあり方なのだと思います。自分たちの内部で研究を完結させるのではなく、外に開いて外の人たちと一緒にもっと大きなものをつくっていく。そのプロセスとしてのオープンイノベーションです。技術系の研究所はどうしても組織の中だけでイノベーションを起こそうとしがちです。内側に内側にと折りたたんでいくような方向に向いやすい。しかし、それでは、今の時代、ある種の競争力を削ぐことにもなる。
必要なのは、自分が何をしたいかっていう立ち位置をはっきりさせること。それから一緒にチームになる人に対して寄与できるものをちゃんと持つこと。今回のプロジェクトでは、私は、いわゆる技術ではなく、井庭研にはなかった、認知症の方や関係する人たちのつながりとニーズを持ち込んだわけです。そう考えると、オープンイノベーションは寄与する技術がなければやれないわけではなくて、人と人との関係性みたいなものでもいいわけです。もし富士通研究所が技術の隣接領域まで含めて新しいことを提供していこうとするならば、一緒に活動するチームの仲間をさらに外に向かって広げていく必要があると強く思っています。

創造的になるリテラシーとしての期待

 私はパターン・ランゲージにある種のリテラシーとしての期待も寄せています。学びのリテラシーとか、ライティングのリテラシーとか、昔の読み書き、そろばんに代わるような新しいスキルとして位置づけられるようになるのではないかという期待です。それはパターン・ランゲージを書いたり使ったりすることを通して築かれるリテラシーだと思うのですが、より本質的にはクリエイティブな物事や方向性に心が動くようになるリテラシーです。
 企業にしろ、社会にしろ、個人にしろ、新しいもの・面白いもの・イノベーティブなものを選択していくときに、それが「新しく」「面白い」ものなのかという価値基準をちゃんと自分たちの中に持っているかどうかが、競争力の源泉になる気がします。これからの社会や自分の会社がどんな未来に向かっていくのか、自分たちが何を価値として提供するのかを見極める、その目利きともいうべき力は、パターンを書いたり、あるいはたくさんのパターンを自分の中に取り入れたりすることによって、本質とは何かを見極めるリテラシーとして育てていくことができる気がするのです。「発見的とはどういうことなのだろうか」とか、「人が見過ごしてしまうような驚きに気付ける」とか、「人が共感してくれる言葉にはどんな手ごたえ感があるものなのか」など、本質を問う力を育んでくれるように思えます。
 ですから、個人や企業がよりクリエイティブになる、そのためのリテラシーとしてパターン・ランゲージは本当に大事だなと思っています。
 
 パターン・ランゲージを一言で表すならば、「未来の乗りモノ」です。『谷川俊太郎質問箱』の中での、「車、飛行機、そのあとに続く乗りモノって、まだないと思うんです。ぼくたちはこれからいったい何に乗ればいいんでしょうか。」という質問に対する答えにあたります。機械でないもの、手でさわれないものが、未来の乗りモノ。例として谷川俊太郎は雲や風、音、気持ちを挙げていますが、私は「ことば」もあげられると思います。私たちはパターン・ランゲージという乗りモノに乗って、楽しくて面白い未来に向かっていけるのではないでしょうか。

岡田さんが考えるパターン・ランゲージの魅力

岡田さんが考えるパターン・ランゲージの魅力

 福祉の分野でパターン・ランゲージを応用させる挑戦を井庭とともに取り組まれた岡田さん。『旅のことば』の制作背景が明かされただけでなく、技術の会社が技術で解けないことに取り組む意義・可能性について、広く深い視点でのお話をいただきました。技術をソリューションの種とする企業の方には、大変示唆にとんだ内容となったのではないでしょうか。